ルクスがその旅人に会ったのは三度目の事だった
それは合宿で訪れた 島の中だった
「待ってください!!」
ルクスが呼び止めた旅人は怪訝な顔で立ち止まった
「・・・どちらさんで?」
「やっぱりそうだ・・あの時のおじさん!!illust/55359430 あ、あの・・僕 今は訳があってこんな格好してるんですけど・・本当は男なんです!!」ルクスはカツラを取って見せた
「人にそんな趣味見せるもんじゃねえ、あっしにも女装した男を抱くとかそういう趣味はありやせんよ」
「い、いや違うんです!!断じてこれは僕の趣味じゃなく・・決してあなたに変なことをしてもらおうとかじゃなくて・・・!!ああ もう話がややこしくなっちゃうのは何でだろ!?って・・そうだ!!僕!ずっとあなたにお礼がしたかったんです!!」
「何で礼なんぞしたいんで?」
「覚えてませんか!?僕ですよ!!・・海岸で、母親に死なれて泣いていた・・・あの時僕らを誰も助けてくれなかったのに あなたは母さんを弔ってくれたじゃないですか!!」
「・・・そんなこともあったっけな、その時は・・そういう気分だったのさ おめえさんと俺はあの時出会わなかった、今だって初めて会った、そしてまた赤の他人に戻って二度と会うこともねえ、それでいいじゃねえか おめえさん あの時よりはずっと澄んだ目をしてる いい仲間に恵まれなすったようだね あっしのような渡世人(とせいにん)にいつまでも構わないでくんな」
「そんな・・・!あなたは一見冷めているようで、実はとても温かいものを持っている 僕にはそう感じました・・・!僕がバルゼリット卿と戦った時に、あそこにいたのはあなたですよね?だけど、あなたはあの人を殺そうとした・・・illust/55415035」
「寝てるのを邪魔されたから、おどかすつもりで、つい刀を抜いちまったのさ そんなことされりゃ、誰でも機嫌が悪いのは当たり前だろう・・・・?」
「・・・いいえ、あの時は間違いなくバルゼリット卿を狙ってました 僕が払わなければ殺していたでしょう・・・」
「で?そうだとして、それがおめえさんと何のかかわりがある?」
ルクスはその言葉にはっとなって旅人の目を見た
旅人の目は笠の奥で暗く、冷たい光を放っていた
「おじさん・・・あなたはどうして変わってしまったんですか?」
「別に変わりはしねえさ、人間誰しもたまには『ホトケゴコロ』を出すときってのがあらあな、おっと、あんたらにゃ『良心』って言葉のほうがよかったかな?・・・で?そのバルゼリットというやつはその後改心でもしたかい?」
「それは・・・」
「だろうな、俺が言ったことはな デタラメばかりじゃねえってことさ・・・風の便りに聞いたが、城内の牢で謀反人が何人か流行り病で死んだそうだぜ・・・」
「何ですって!?」
「あの輩がそう簡単に病気くらいでくたばるとは思えねえし、かといって自害するタマでもねえ・・とすると・・・」
「どういうことですか!?」
「後は自分で考えたらいいだろう・・それくらいはおめえさんならわかるはずだぜ 人間ってのはわからねえ、いいほうに変われば、悪いほうにも変わる、いいままでいるやつもいれば、悪いままで一生終えるやつもいるのさ・・俺でもアテもねえ旅を長く続けてれば、どうしても心がすさんでくるもんなのさ・・・だがよ、赤の他人の人生を気にしたってしょうがねえじゃねえか、最後に頼れるのは自分だけなのさ わかるかい?あんたとは生きる世界が違うのさ」
「・・・・」ルクスは悲しげな表情を浮かべた
するとどこからか風が吹いてきた、いや風が体当たりして来たと言ったほうがいいだろうか
旅人は即座に剣を抜き放った
金属音が響いて、そこに現れたのは・・・
「セ、セリスさん!!」
「この下郎!!私のかわいい後輩を泣かせるとは!そんなことは金輪際、不許可です!!よって、私が成敗いたします!!あなたには拒否権はありません!!地獄への一本道をお通りなさい!!」
「待っておくんなさい、誤解でござんすよ・・・」
「問答無用!!この前も学園内に出没した変質者もあなたでしょう!?また いたいけな少女をいたぶって、何が楽しいのですか!!これだから渡世人というものは・・・!!おまけに男というのは、だから苦手なんです!!」
「誤解だと言ってるじゃござんせんか、あっしゃ貴族の方と事を構えるつもりはござんせんが、身に振る火の粉は払う主義でしてね・・・これ以上続けるなら、嫁入りできなくなるかもしれませんぜ?」
「何をたわごとを・・・!!」
セリスは剣を払おうとするが、渡世人の力はものすごく、両手でも女性の力ではね返せるものではなかった
「な、なんという膂力(りょりょく)・・・!!」
「もう一度だけ言いやしょう、そちらのお嬢さんが、見間違いをしただけでござんすよ・・・これ以上言ってもわかってもらえないと言うなら、あっしも手加減はできませんぜ?そうでござんすね?」
「そ、そうなんです!!私の知り合いに似てたものでつい・・!!それに、セリス先輩も見たでしょう!?あの時の不審者とは明らかに体格が違いますよ!」
ルクスも思わず必死になって訴える
「ルノ(ルクスの女装での名)・・・本当なんですか?」
「ほ、本当です!神に誓って!!」
セリスの力がゆるんだ・・すると渡世人は刀をはじいて鞘に収めた
弾き飛ばされたセリスをルクスは受け止めた
「大丈夫ですか!?」
「ル、ルノ・・あなたこそ、大丈夫ですか!?」
「それじゃごめんなすって・・・あっしは先を急ぎますんでね」
そんな二人を横目に旅人は去っていった
「ルノ・・・ごめんなさい、つい気が動転してしまいました 私はあなたを助けたかっただけなんです・・・情けないですよね?後輩一人助けられない先輩なんて・・・」
「そんなことはありません!先輩は立派ですよ!!」
「そう言っていただけるとうれしいです・・・ルノ、あなたは、まるで殿方のように力がおありなのね」
「い、いや・・そ、そんなことは・・あ、ありましぇーん!!」
「うふふ、あなたの事、ますます気に入りましたよ ルノ」
「ははは・・(でもおかしいな、どうしてあの人、普通の人が知らないような事を知っているんだろう・・?新王国の脅威と関係がないといいけれど・・・)」
ルクスは遠ざかっていく渡世人を見ながら、これから先に起こるであろうとてつもなく嫌な事を感じ取っていた・・・それは一言で言い表すなら、彼の『宿命』というものであった 人間だれしも、逃れられぬ『枷(かせ)』のようなものである
「あらルノ・・・!!、お顔が汚れてます すぐにきれいにしてあげますわ!さあ こちらに!」
プリン百景:イエス島 七里ガ浜
2016-02-25 12:12:30 +0000