青の平原を進むハティの背の上でトウガは手の中で星光石を転がしていた。
それは口入れ屋銀亀で生きた水を納品した報酬で買ったものだ。
以前手に入れたカケラとは純度が低めだが、こちらの方が大きく何より欠けていない。
風に身をゆだねながら、次はどんな姿になろうかとハティに笑いかけた。
だが穏やかな時間も長くは続かなかった。
初めに気づいたのはハティだった。
空を見上げたハティが突然トウガを乗せたまま走り出す。
つられて空を見上げたトウガの目に黒い雲のような何かが映る。
よく見るとそれは微妙に動いており、何かの集合体のようだった。
その中の一団がこちらに向かってきた。その黒い雲の正体をトウガははっきりととらえた。
「虫だ……っハティ!」
言われなくとも、と言うようにハティは草原を泳ぐように駆ける。
だが今のハティはスナクサメの姿。その距離は徐々に小さくなっていく。
トウガは自分たちが隠れられそうな岩にたどり着くと、ハティから降り、
岩とハティにはさまれるように隠れて様子をうかがう。
ハティはまるで盾のように立ちふさがり、大きく口を開けた。
虫の大群が岩ごと二人を飲み込んだ。
ハティの牙は多くの虫の腹を食いちぎったが、やはり多勢に無勢、
虫たちの攻撃はとどまることなく徐々に二人を追い詰めいていく。
ギルド章を使って助けを呼ぼうにもこの嵐のような状態では取り出すこともままならない。
そのうちハティの後ろにいたトウガにも虫の爪によって傷が増えていった。
このままじゃ、やばい。トウガがそう感じた時だった。
ハティの纏う雰囲気ががらりと変わった。
しかしそれは今まで感じたことのない気だった。
食事を求めている時とは違う、もっと強い……そう怒気のような。
今まで感じたことのないハティの気にぞわりとしたものを感じながらも、
トウガはハティに石を渡した。
虫たちが集まっていた中心部で突如黒いもやの様な物体が発生した。
それは周囲の虫たちを手当たり次第に取り込み、どんどん大きく膨れ上がっていく。
虫たちが引いたその瞬間、一筋の紅い光を纏った何かがもやの中から飛び出した。
それは大きく翼を広げ、眼下の虫たちを一瞥する。
その姿は彼らによく似ていたが、細部が少しだけ違っていた。
虫たちは威嚇するようにカチカチと牙を鳴らす。
ハティの目に脅えが走ったのは一瞬だけ。次の瞬間には目の前の虫の腹に鋭い牙を突き立てていた。
腹を食いちぎると次の獲物、さらに次の獲物へと牙を突き立てる。
その姿はまるで紅い閃光のようだった。
その頃トウガは振り落とされないよう、ハティの背に捕まっているしかなかった。
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◆三章目は星の降り立つ都【黄】に参加します。
今回もハティの姿が変わりました。あまり似ていませんが、王冠蟲【illust/79923027】を模倣しています。
大きさは50㎝ぐらい。二章時より少し小さくなりました。
なお、王冠蟲のキャプションはパラレルでお願いします。
一章目【illust/79224606】
二章目【illust/79605152】
◆星光石の影響はまだ現れていませんが、星石食らいに食べられそうになった際、
『強いものになりたい』という願望がさらに強くなり、
元々不完全だった模倣が、さらに不完全なものになっています。
また感情をよく表現するようになりましたが、
どうしてそう感じているのかハティ自身は理由が分かっていません。
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『痛い』
それはある模倣種が自我を得た時に感じた初めての感情でした。
『怖い』
その模倣種のそばには別の模倣種がおりました。
赤々と光る眼、てらてらと光る牙、喉笛からぐるぐると響く音を聞いたその模倣種は
始まりの感情とともにもう一つの感情を手にしました。
『死にたくない』
模倣種の口が開きました。口の中は赤々と燃えるような色をしていて、
熱い吐息が”それ”に降りかかりました。
さらなる感情を得たそれは踵を返して逃げました。
しかし、模倣種はそれを追ってきます。
『痛い』『怖い』『死にたくない』『怖い』『いやだ』『いやだ!』
どこまで逃げたのでしょうか。気づくとそれは一人になっていました。
先ほどまで追ってきていた模倣種はもうどこにもいません。
木陰に身を下すとズキン!とした重い痛みが全身に広がりました。
体のどこかに怪我をしたのか黒々とした何かが自分の体からあふれ出していました。
この怪我を治すには肉を…何か餌となるものを食べるしかありません。
ですが餌を取るには何か別の種族に模倣するしかありません。
けれど弱い種族に模倣したら?…今度は逃げきれないかもしれません。
一つだけ持っていた星光石を転がし、それは考えました。
『強いものになりたい』
それは”それ”が考えた末に出した一つの願望でした。
そしてそれは人間を模倣しました。しかしその模倣は不完全でした。
それは確かに人間の形をしていました。
しかし黒い髪には尖った耳が生え、尻には黒々とした尻尾、目は赤々と輝き、口には尖った牙が生えていました。
それはまるで襲い掛かってきた模倣種の特徴を一部模倣したような姿。
”それ”は『強いものになりたい』あまりに、
『しにたくない』『怖い』と思ったあまりに、
自分が生まれて初めて『強い』と感じたものを模倣してしまったのです。
そしてその模倣種は今後どんな姿になっても
一部が不完全なまま、完全に模倣することはできなくなりました。
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◆pixivファンタジアAOS【illust/78509907】
2020-03-06 17:49:51 +0000