:部屋のあるじ「 」 年齢不詳/女/150cm (一人称:わたし 二人称:あなた)
明星の羅針盤 ポイント計25pt(強靭:0 知能:25 器用:0 機敏:0 幸運:0)
60年前のある日突然、なにもない空間でめざめた少女。
自分の名前も歳もおぼえていないが、諳んじられる詩がある。
思考はある言語で行うことができるが、それを伝えるための声は出せないようだ。
食事や睡眠は必要とせず、感情はとぼしい。順応性が高く、何事にもさして頓着しない。よく眠る。気質は穏やか。
:『匣』
四方の壁も床も天井も、30年前に突然一か所が青く塗りつぶされた以外はすべてが真っ白だった何もない部屋。
日によって広さが異なる。
少女は自らの居る空間を便宜的に『匣』と呼ぶことに決めた。
(誰からも教わっていないにもかかわらず)少女が知っていることは以下の通り。
▶少女は『匣』から出ることができない。
▶30年にひとりだけ、この『匣』に訪れて「なにか」ひとつを残していくことができる。
その相手が出入りできる期間は長くて1年ほど。
▶もたらされた「なにか」によって、『匣』と少女は変容しうる。
▶少女は「なにか」を施してくれた相手のために、ひとつだけ願いをかなえることができる。
願いの大小は問わないが、ひとの生死にかかわること、自らを『匣』から脱出させることはできない。
▶少女は死ぬことができない。
よく見ると、壁の一部には奇妙なレリーフが薄く彫られている。
少女はこの図案の意味を知らない。
:「青い壁」
『匣』の一区画に突如出現した、絵の具をぶちまけたような青色。
見る角度によって星空のようにきらきらと光るものが見えることがある。触れると夜露のようにひんやりと冷たい。
:絆/『さいしょのともだち』 神託下る安寧の国 メ・ルチア/イェツェンさま【illust/62436772】
>>“声”
そのように空気が振動するのは記憶にある限り初めてのことだ。
その響きを“声”と呼称するのだと、ないはずの知識が告げている。
“声”を発した“動くもの”は、ゆっくり辺りを見回してから再び口をひらいた。
「罪を犯したのなら懺悔する必要がありますね」
それがわたしに向けられたのだと認識するまでに2秒ほどを要した。
ここで“動くもの”はこれまでわたし以外に存在しなかったため、初めて別の“動くもの”を見て動揺したのだ。
“動くもの”は、光の当たらないところのような色の瞳でわたしを見ている。
そうしているうちに、“動くもの”がわたしを見る理由が、わたしがなんの反応も見せないためであることに気づいた。
“声”を発されたのであれば、こちらもまた“声”で応じるべきである。
――どうやって?
その方法を知らないことに気づくよりも先に、わたしの口がひとりでに“声”を出した。
「“つみ”とは、なに?」
>>“名前”
“動くもの”は、その後何かしらの返答をしていたようだが、
わたしは、生まれて初めて出した自分の声にひどく驚き、その内容を認識することは不可能だった。
わたしの反応が再度停止したのを知った“動くもの”は、まずはじめに自身の呼称を教えてくれた。
イェツェン。――聞きなれない響きだ、と感じた。
…それまでのわたしに聞きなれた名前など存在しただろうか?
イェツェンはわたしを「ジン」と呼んだ。
曰く、わたしの境遇とそっくりな絵本の登場人物の名だという。
“ランプ”の中に閉じ込められた、願いをかなえる魔人。
わたしもそのようになれればいいと思う。
ただ閉じ込められているだけではない、願いをかなえられるものに。
>>“願い”
わたしという個体はいまや無名でなく、イェツェンに“名前”を授けられた「ジン」である。
名前をもらっただけではなく、イェツェンはなんでも教えてくれるし、一緒に本も読んでくれる。
というより、わたしの知ることが少ないために、いつも教えられてばかりだ。
“恩”をもらったからには対価を返さなければいけない。…そういう“決まり”であると思う。
何か望みはないかと問うと、イェツェンは「友達になってほしい」と言う。
思わず「そんなことでいいの?」とつい応えてしまってから、ふと気づいた。
「…そうだ、イェツェン。ともだち、にはどうやればなれるのか、教えてほしい」
>>“別離”
イェツェンは自分の故郷の話もしてくれた。メ・ルチアでは、国を統べるものが国のために死ぬさだめなのだそうだ。
自分もいずれはそうして死ぬのだ、とイェツェンは何でもないことのように言っていた。
その日がいつ来るのかはわからないけれど、きっとこの『匣』に拒まれたら、もう二度とイェツェンに会うことはできない。
いつしか、友が『匣』を出るとき毎回、これが最後なのではないか、と思うようになった。
そう思うといつも胸のなかにあるものが冷たい液体に浸されたように感じる。
それをおそらく、イェツェンのくれた本のなかにあった“かなしみ”という感情と呼ぶのだろう。
その名前を、存在を、永遠に忘れたくないと思った。
「イェツェン、あなたの名前をここに書きのこしてほしい。
…そうしたら、あなたには会えなくなっても、一緒にいられる、気がするから」
>>“遺されたもの”――『たくさんの物語が書かれた本』
友と過ごすときには一緒に読んだ。
友を待ちぼうけるあいだに読んだ。
友が去ってからは、友を思い出すために幾度も読んだ。
一番最後のページには、“イェツェン”と名前が記されている。
イェツェンの辿った路の行き止まりは今のわたしの知るところではない。
イェツェンが旅を終えても、イェツェン(の遺したもの)と共にわたしは生きていく。
だからきっと、友とはまたどこかで会えると信じている。
故に路は、まだつづく。…終わりもみえずに。
:企画元:九十九路の羅針盤【illust/60865485】
2017-04-16 13:46:38 +0000