「急いでるところ悪いが、話がある。時間はとらせない」
アルバートはそう言って、控えの間にエイスを引っ張り込んだ。
「お前、十三杖の各家の魔術について、どのくらい知ってる?」
アルバートのいつにない剣幕に、エイスは困惑しながら答えた。
「王になるまでは秘匿されていることの方が多いから、おぼろげにしか知らないな」
エイスの反応に、アルバートはホッとした様子で、軽くため息をつく。
「そうか。フォークナー家の固有魔術は……まあなんだ、ざっくり言うと、主君を決めて忠誠を誓う儀式をするとすげー強くなる、ってやつでな」
「ざっくりしすぎじゃないか?」
「細かいことは気にすんなよ。そういうわけでこれからお前に忠誠を誓うから、何かいい感じのことを言ってくれ」
エイスにツッコミを入れられても、アルバートは何処吹く風である。
「いきなりそんなことを言われても……無茶ぶりが激しすぎないか」
「王になったら、咄嗟に何かいいこと言わなきゃならねえ状況になることもあるだろ。予行演習だ、予行演習」
王子はいいように言いくるめられていると感じたが、アルバートがあまりに自信満々に言うので、反論するのが難しかった。
「それはそうだが……俺でいいのか? 他の候補者とか、もっと選択肢があるだろう」
「昨日今日急に決めたことじゃねえし、他の奴なんて知らねえよ。お前、酒場で好きな酒注文した時に、店主に『他に旨いのあるからその酒やめろ』とか言われて、『はいそうですか』ってなるか?」
エイスの反応に、アルバートは顔をしかめた。
「……ならないな」エイスは苦笑して、「……騎士叙任式のときの台詞をアレンジしたのでいいか? 母上の代理で出たことがあるから、それならなんとか」
「いいぜ。精神的な引き金を引くのが目的だから、そんなちゃんとしたやつでなくていいんだ」
アルバートが肩を竦める。
「ところで……ひとつ確認したいことがあるんだが」
エイスの表情がこわばるのを見て、アルバートはおやと思いながら促した。
「なんだよ」
「忠誠を誓う儀式を行なったら、君は俺の友人ではなくなってしまうんだろうか?」
有事に際し頼もしい姿を見せた方と思えば、こうやって不安を素直にさらけ出してくる。どこまでも意地っ張りだった——少なくともアルバートにはそう見えた——彼の母親とは違う。エイスは未成熟で未完成な部分も多いが、人の言葉に素直に耳を傾ける度量を持ち、なにより大きな可能性が彼の瞳の中にいつも輝いていた。
「馬鹿言え。んなわけあるか。友人も、親戚も、忠実な駒も、全部やってやる。俺は強欲なんだよ」
アルバートは不敵な笑みを浮かべ、剣を抜き、柄の方をエイスに向けて差し出した。受け取った王子は、剣を軽く振った。持ち上げるに軽く、下ろすに重い、良い剣だ。刀身を見ながら、エイスは深呼吸を繰り返した。
エイスがアルバートの方に向き直ると、未来の侯爵は膝をついて目を閉じ、祈る姿勢をとった。エイスはその肩にそっと剣の平を載せる。はっきりとした、しかし静かな口調で言葉を紡ぐ。
「汝は民を守る盾であり、我が矛である。
弱き者を守り、強き者と戦え。
裏切るなかれ。
欺くなかれ。
誠実であれ。
建国の王の名において、我エイス・イスリアドは、汝アルバート・フォークナーを騎士とする。
忠誠を誓うか?」
「誓う」
アルバートの答えに、エイスは剣の平で肩を軽く三回打った。
すると青白い光が彼らを包みこんだ。それは二人を優しく慰撫して、泡のように消えていく。
忠誠を誓う儀式の際にそういったことが起きるという話は、アルバートは聞いていなかった。それに彼には、自分を包み込む魔力の波長と術式に覚えがあった。他のものも多く混ざってはいるが、明らかに彼の父サイラスのものだった。精緻な術式の骨格も、父ならではのものだ。サイラスが防御魔術を行使したに違いない。しかも特大級の。
光が消え去るのと入れ替わりに、アルバートの内側から何かが噴き出して剣を弾き飛ばし、エイスは剣を取り落とした。剣が床を叩く乾いた音に、二人は我に返る。
あとには、どこか懐かしいような薔薇の香りだけが残った。
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アルバートはエイス・イスリアドに終生の忠誠を誓い、それによって魔力・身体能力がさらに向上し、新たに磁力を操る能力を得ました。
この力は雷(電気)を操る力と非常に相性が良く、磁力の影響を受ける素材を使用した物体を高速で撃ち出す、銃などの武器を使用不能にする等、攻守に優れた力を発揮します。
(フォークナー家の固有魔術について→ illust/103643506)
□アルバート・フォークナー(父の死をまだ知らない) illust/102015015
□防御魔術について illust/103813436
2022-12-24 10:12:21 +0000