聖夏祭の賑わいを抜け、ファルメディクの救護テントへ戻ってきた夜中の事。
先に戻っていた繊月先生の様子を見に行くと、先生は一人で薬膳酒を飲んでいました。
アトラでの一件以来、ユキは繊月先生とどこか距離を感じておりました。
人前ではいつも通りにユキをからかい、かわいがってくださる先生。
けれど二人きりになった途端、何故かよそよそしく、見えない壁を作っているような……いつもとは違う先生の言動に、ユキは寂しさを覚えていました。
少し緊張しましたが、ユキは勇気を振り絞って「先生?」声をかけます。
すると先生は両目を細めながら、蕩けるような柔らかな声でユキを呼んでくれました。
お酒が入っているせいか耳は垂れ下がり、白衣を脱ぎ、眼鏡も外した状態で、どこか眠たそうな表情の先生を覗き込むと……先生はふにゃりと笑って、途端に饒舌に語り始めたのでした。
「――ねえユキちゃん、少し昔の話をしましょうか」
ユキちゃんをファルメディクに紹介して間もない頃、デアダンからこう言われたのよ。
「お前、自分の養子にしたって割には淡雪の事、全然“娘”として扱ってないな?」ってね。
――しなかったんじゃない。できなかったの。
先生はそう答えたわ。
ユキちゃん? 先生はね……100年も心変わりせず求婚してくれた夫よりも、金にもならない自分の矜持を選んだような、そんなどうしようもない女なの。
そんな先生にはね、誰かの家族を名乗る資格なんてないと思っているの……なら、何でユキちゃんをただの弟子じゃなくって養子にしたのかって?
ふふ……ユキちゃん? あのリーア・リーン嬢がユキちゃんに先生を紹介した時の事覚えてる?
ユキちゃんが「弟子にしてください!!」って頼んだ時、先生はすぐ「ならウチの養子におなりなさい?」って返したでしょう?
あれね、本当に唐突に口からついて出た言葉だったの。深く考えずに出てきてしまった言葉なの。
本当はそこまで面倒を見るつもりじゃなかったのに……自分でも驚くほどすんなり出てきてしまった言葉だったわ。
先生ね――ユキちゃんを見た途端、故郷に置いてきた旦那の姿を思い出してしまったの。
容姿が似ているとか、雰囲気が似ているとか、そんなありきたりなものじゃなくってね……そう。
もし先生と夫の間に子供が居たら、こんな風な子に育っていたんじゃないかって、そう思い起こさせてくれるような……それほどまでに強烈な感情を、あの時のユキちゃんには抱いたの。
酷い話でしょう? ユキちゃんにだって、貴方の事を大切に産み育ててくれた親が居る筈なのに……だから私、今の今まで、ユキちゃんを“娘”とは呼べなかった。こんな私に、ユキちゃんの母親面をする資格なんて無いと思っていたの。
勿論弟子入りを志願してくれたからには、それが誰であれ、先生が薬師として教えられることは何でもとことん教えてあげるつもりだったことには変わりないわ……けれど、ずっと考えていたの。
“水鏡”という名でユキちゃんを縛って、本当にそれでよかったのかなって……
「でも、そっか。そうだったのね。今までずっと、この感情を説明する事が出来なくて、もやもやしてた……けれどあの日、アトラでユキちゃんが担ぎ込まれた夜に、ようやく気付くことが出来たの」
アトラでの出来事と聞いて、一気に凍り付くユキの心。
けれどユキの動揺とは裏腹に、先生はユキの頭を撫でながら、ふわりと優しく微笑みました。
「そっかぁ……ユキちゃん、先生が夫に託した“あの時の赤ちゃん”だったんだね? そっかぁ、通りでショウにそっくりなわけだぁ。優しい所とか、穏やかな所とか……淡雪って名前も、ショウが好きそうな響きの名前だなぁ。えへへ……そっかそっかぁ。あの時の赤ちゃんが、こんなにおっきくなったんだね? ショウはユキちゃんの事、こんなに立派に育ててくれたんだね……えへへ、先生やっぱりショウには頭が上がらないなぁ……」
頭を撫で続ける繊月先生の優しい手に、ユキの目からポロポロと涙が溢れてきました。
「せんせ……せんせぃ……ごめ、ごめんなさ……ユキのせいで、せんせいも、“お父さん”も不幸にしちゃって……っ」
「そんなことないわよ~!! 先生のよく知るショウなら、ユキちゃんみたいな娘が居てくれて心から幸せだって言うはずよ~? それに先生だって……いえ、ごめんなさいユキちゃん。元はと言えば、先生が変な線引きをしようとしたのがいけなかったんだわ……」
先生はユキの事をそっと抱き締め、背中をとんとんと叩きながら伝えてくれました。
「――今も昔も、ユキちゃんが“水鏡淡雪”であることに変わりはないんだもんね。先生よくわかった……ユキちゃん。ユキちゃんは私にとって頼れる助手であり、可愛い弟子であり、そして――誰よりも大切な、私とショウの“娘”だよ……」
そう告げると、先生はユキの肩に頭を預けて眠りについてしまいました。
実はお酒に弱く、酔うと酷く饒舌になってしまい、終いにはいつも寝落ちしてしまう先生。
ユキは涙を浮かべたまま、呆れたように微笑むしかありませんでした。
「もう……そういうことはお酒を飲まずに言って下さいよ、先生……」
◆前回【novel/18797185】の続きを兼ねた自キャラファンタジアです。
ギルメンの皆様におかれましてはどうぞご自由に目撃したりからかったり、
或いはご自身の境遇に重ねて想いを馳せたりしてやってください。
◆(お名前だけですが)お借りしました
デアダン所長/illust/102014300
リーア・リーン様/illust/101966087
◆ロゴ素材お借りしました
illust/101965856
◆薬師の繊月と助手の淡雪/illust/101965824
薬膳酒『月光蝶 -宵-』/illust/103313851
◆PFSOZ/illust/101965643
第三章「聖夏祭」/illust/103207230
◆Twitter/twitter/vivid_bbdan
2022-12-12 14:25:57 +0000