「テイオーのトレーナーさん…。私の脚、見てくれませんか?」
左脚に包帯を巻いた栗毛のウマ娘はこちらにすがるような目を向ける。
トウカイテイオーの専属トレーナーとして3年間を走り抜けてきたが、その道中は中々困難なものだった。
ハードトレーニングで蓄積した疲労は選手生命を絶ちかねないものだった。
クラシック三冠を目指していた彼女の夢を何とか叶えてあげたいと思い、その時勉強したのがマッサージだった。
URAファイナルズ優勝後忙しい日々を送っていたが、最近他のウマ娘から声をかけられることが多くなった。しかも皆、脚を故障している娘たちだった。
「私、テイオーさんの走りが大好きで、テイオーさんが菊花賞を走り切ったあの姿がとても印象に残ってるんです。それで私もあんな風に走ってみたい、そう思ってトレセンに入りました。入れるだけでも幸運なんですけど、この前デビューすることが出来て…それで私もクラシック三冠目指すんだって時にケガしちゃって…」
話していく内に徐々に表情が曇っていく彼女。
「それでケガは大したことなかったから無理してトレーニングを続けたんです。そしたら案の定、症状が悪化しちゃって…。トレーナーからはクラシック三冠は諦めて、治るまで安静にしておいた方が良いって言われて…。自分のせいだって分かってるんですけど、でも、諦められなくて…。それで、テイオーさんの過去の記事とか読んでたら、『菊花賞を走れたのはトレーナーのマッサージのおかげだった』って書いてあったんです」
俯いていた栗毛の彼女は顔を上げこちらを見つめてくる。
「無茶なお願いなのは重々承知してます。でも諦めたくないんです。テイオーさんのトレーナーさん、この脚を治してください」
彼女の必死な表情と悲痛な叫びに既視感を覚える。
当時のテイオーのことを思い出し、何となく他人事ではないなと感じて、腕時計を確認してしまった。
「…専門家というわけでもないし、この後テイオーと練習があるから短時間になっちゃうけど、それでもいい?」
「あ…!ありがとうございます!」
先ほどとは違う明るい表情のままお辞儀をする栗毛の彼女。
練習には間に合うようにしようと思いながら、正面玄関付近のロビーチェアでマッサージをすることにした。
「…………」
「あれ?テイオーさんどうしました?トレーニング前にお腹すいちゃいましたか?」
「ぜーんぜん!むしろ今お腹いっぱいだよ~。さーて今日もトレーニング頑張っちゃうぞ~。じゃあねスペちゃん!」
「あっ…行っちゃった」
「テイオーさんのトレーナーさん。本当にありがとうございます!」
栗毛の彼女は先ほどとは比べられないほど明るい表情になってこちらにお礼の言葉を言う。深くお辞儀をして、去っていった。その足取りは会ったばかりの時より少し軽やかに見えた。
「…あっ!やっべ!もうこんな時間だ!」
時計を見ればトレーニング開始時間を大幅に越していた。急いでトレーニング場へと向かう。
「…あ、…ハァ。トレーナーやっときた」
自分がコースへ入った時、テイオーは自主練をしてこちらを出迎えてくれた。
「悪い。遅くなった」
「もーホントだよ。…ハァ。今日のノルマとっくに終わっちゃってるよ」
「え、あの量をか?」
今日はハード目の練習を組んでいて、それは事前に伝えていたが、テイオーはもう終わらせたと言っている。
よく見れば立ち止まっているにも関わらず、汗は流れ続けていて、息も整っていない。
だが、あの量ならもし終わらせたとしても、今の彼女ならここまで乱れることはないはずだ。
「もしかして、追加で走ってた?」
「当たり前じゃん。ボクを誰だと思ってるの?」
その内容を聞くといつものトレーニングと遜色ないものだった。
それをハードトレーニングの後に行っていた。
明らかにオーバーワークだった。
「なんでそんなことしたんだ」
「だって退屈だったんだもん」
約束の時間に遅れたのは自分なので強く言い返せない。
「レースも近いんだしあまり無茶はしちゃ駄目だ」
「大事なレースなんだから頑張って練習しないとでしょ」
そう言って彼女は寄りかかっていた柵から背を離す。
「さ、トレーナー今日のトレーニングはなに?ウォームアップはもう済ませてるよ」
息が上がり汗が止まっていない彼女を見て困惑する。
何故今日はこんなにトレーニングをしたがるのか?
「テイオー、今日はもう止めておこう」
さすがにこれ以上は危ないと判断する。
「えー何言ってるのさトレーナー。ボクまだ動けるよ。ほら…ぃっつ!」
「テイオー!?」
脚に力が入らなかったのか、つまづく様にこちらに倒れてきた。
身体を抱きかかえるとかなり熱っぽかった。
右脚は特に熱を帯びていて、かなり無茶をしていたようだ。
「今日は駄目だ。保健室に行くぞ」
「…うん」
観念したのか、身体を支えて上げると素直に付いて来てくれた。
保健室に入ると保健医はおらず誰もいない状態だった。
先生が戻るまで休ませるためテイオーをベッドに座らせる。
「脚、見せてくれ」
手を消毒している間に彼女はシューズとソックスを脱ぐ。
ベッドに腰掛ける彼女の前に座り、脚を触る。
痛がっていた脚は案の定、熱を持っていて無理をしていたのが分かる。
「痛かったら言ってくれ」
一言断りを入れてから脚のマッサージを始める。
緊張している筋肉をほぐしていき、痛みのないようにマッサージを繰り返していく。
「もうトレーナーってば心配性なんだから~」
「当たり前だろ」
彼女をオーバーワークに向かわせてしまったのは自分の監督不行き届きのためだ。
クラシック期に無茶をさせてしまったのも自分の意志が定まらず、彼女の才能だけで走らせようとしていた。
だからマッサージを学び少しでも彼女の支えになりたいと思ったのだ。
「ボクには『頼まれなくても』マッサージしてくれるよね」
「テイオーのことが心配だからな」
彼女の走りを支えようと思い、学んだことだ。彼女のために使わないわけにはいかない。
言葉少なめの会話をして、気が付けば両足のケアは終わった。
「どうだ?」
「うん、さっきと全然違う。流石トレーナー!」
汗も引き、いつもの調子に戻った彼女を見てホッとする。
「あんまり無茶なことはするなよ」
今日のトレーニングはあまりにも無茶なことをしていたの釘を刺しておく。
「えーそう言ってさー。遅れてきたのはどこのトレーナーかなぁ?」
それを言われると言い返すことが出来ない。
「ごめん」
今後このようなことは起きないようにしようと決意する。
「…ねぇ」
脚をパタパタさせていた彼女は急に動きを止めこちらに話しかけてくる。
「やっぱりまだ違和感あるかも」
そう言って右脚をこちらに向けてくる。
「分かった。どの辺だ?」
すぐに彼女の脚を取り、違和感のある所が何処か教えてもらおうとトウカイテイオーの方を見上げると
こちらを見下ろしながら笑っていた。
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novel/17838426
2022-06-24 11:53:26 +0000