「アンタまた他の娘見てたでしょ?!」
コースでまだ走っているウマ娘を見ていると、トレーニングを終えクールダウンをしていたダイワスカーレットに注意される。
「走りのフォームが良かったから」
「はぁ?!」
自分の言葉を聞いた途端、彼女は立ち上がる。
「じゃあアタシの走りは一番じゃないっていうの!?見なさいよこのアタシの華麗な走りを!」
そう言ってコースへ飛び出すように走り出していく。大きなツインテールをなびかせながらコーナーを曲がっていく。向こう正面へと進み最終コーナーへ突っ込んできた彼女はスパートをかけていく。目の前のゴール板を全力で抜けていく彼女に遅れて、纏わり着いた空気が流れていく。
「ふぅ…。どう?アタシの走りは」
顎を上げ得意げな顔で聞いてくる。
「うん。前よりタイムが良くなってる。でも今の走りは怒りながら走ってたからか、全体的に力みすぎな感じがした」
「そこは1番だったって言うところでしょ?!」
彼女はこちらを覗き込むように見上げながらさきほどより怒っている。
「えっ、だって君にはもっと1番の走りしてほしいし」
自分の素直な気持ちを伝えると、ワナワナと震えだした。
「…ぁあああ!もう!なんなのよアンタ!」
プンプンという音が聴こえてきそうな怒り顔でタオルなどを持ってコースを後にする。
「明日、シューズ買いに行くからな~」
「分かってるわよ!」
「……はぁ。また言っちゃった。でもアイツが悪いんだもの。すぐに他の娘ばかり見ちゃって。1番なのはアタシなのに…」
ちょっとしたことですぐトレーナーに突っかかる癖は直さないといけないと思いつつも、つい言葉が出てしまう。
それも「キミこそが1番だ」と言っているトレーナーが他の娘のことを見ているから。
そこにいら立つのは「アタシが1番でないといけない」と思っていること。
その根底にある気持ちには気づいている。
――アイツにとっての1番のウマ娘はずっとアタシじゃないと嫌
いつからか、そんな想いを抱くようになっていた。
だからこそ、アイツが他の娘を見ていると不安になってしまう。
「…ん?あれ?」
考え事をしながら歩いていたら気が付けば三女神像前まで来ていた。
早く寮に帰ろうと思っていたのになんでこんなところに来てしまったのか。
「…今日は思ってるより疲れてるのか…も……」
三女神像から目が離せなくなった。
翌日
ダイワスカーレットとシューズを買うためショッピングモールに来ていた。
彼女に合ったシューズに蹄鉄の補充を行っていると昼時になったのでランチを楽しむことにした。
今日の彼女はどことなく落ち着いた様子だ。
昨日はあんなに怒って帰っていったのに、まるでなかったかのようにおとなしい。
「今日は機嫌がいいな」
「そう?普通でしょ」
いつもなら「はぁ?」ぐらい言われるかと覚悟していたが、本当に機嫌がいいのかこんな言葉が返ってきた。
まぁ常にイライラしているよりかは良いかと思い、ランチタイムは過ぎていった。
帰り道、二人並んで歩いていると対面の道路脇、ウマ娘専用レーンを走り抜けていく、赤いジャージ姿のウマ娘がいた。
ピッチ走法のその子を見て、思わず振り返りながら見てしまう。
そのウマ娘は近くの十字路を曲がっていってしまい、すぐに姿が見えなくなった。
そこでハッと気づく。
しまった。また彼女の前で他の子を目で追ってしまったと。
恐る恐る振り返り、また怒られるなと身構えていると
「どうしたの?早く行くわよ」
2~3m先で立ち止まりながらこちらを見る彼女の表情は、怒っていなかった。
「え?…あ、すまない」
驚きつつ彼女に近寄る。
思っていた反応と違ったので困惑する。
昨日の今日でこれだけ反応が違うのはどうしたのか。
「今日はどうしたんだ?」
「どうしたって何がよ」
「いや、自分で言うのもあれだけど、他の子見てたら昨日は怒ってたじゃないか」
本人の前でわざわざ言う事ではないと思いながらも聞かずにはいられなかった。
「あぁ、そのこと…」
彼女は立ち止まり、静かに呟く。
「もう、気にしないことにしたの」
「それはどうして急に?」
「アタシが『1番』だって気づいたから」
「1番?」
彼女の口癖のような『1番』という言葉だが、何故今この言葉出てきたのか分からない。
「確かにキミは1番のウマ娘だと確信してるけど」
自分の本心を伝えると
「それもあるけど、何より…」
彼女はこちらに振り向き、顔を近づけ喋りだす。
「『トレーナーのアンタ』の『1番』が『アタシ』だって気づいたの」
端正な顔立ちの彼女が間近にあることにドキッとしてしまう。
それと同時に彼女の瞳から目が離せない。
「これほど揺るがない『1番』をもう手に入れてたの。それ以外のことなんて些細なことだわ」
喋るたびに口元から八重歯がチラチラと見える。
「まぁ、だからと言って他の娘を見ていいわけではないのだけれど」
「それは…ごめん」
「いいわ。許してあげる。でも…」
彼女は一呼吸置き鋭く告げる。
「『アンタ』のこと逃がさないから」
爬虫類のような瞳のダイワスカーレットは、まるでこちらの奥側まで見透かすようにジーッと見つめ続けるのであった。
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全文は小説で
novel/17795350
2022-06-17 10:30:01 +0000