生徒指導室にて。
担任「お前、また赤点だな。よし、今回こそは約束通り、俺の言う事聞いてもらうぞ。」
生徒「うっ…、まじかよ…。」
生徒の目の前に大きな姿見が置かれ、首にはピンクのクロスがかけられた。
担任はバリカンを片手に、薄ら笑みを浮かべている。
担任「じゃあ始めるぞ。」
生徒(ゴクリ…。)
バリカンのスイッチが入り、ヴィーーーン、という耳障りな音が聞こえる。担任は躊躇なく、そのバリカンを生徒の頭頂部に入れていった。
ザリザリザリ、という音と共に生徒の太く硬い黒髪は削ぎ落とされ、バサッとクロスに落ちた。
生徒「こんなに短いなんて聞いてないですよ!」
担任「黙れ。中途半端な坊主だと、気合いが入らんだろ。」
生徒「そんなぁ……。」
悲しみかやるせなさからか、情けない声をあげる生徒のことなどまるで気にせず、担任は河童のように頭頂部を丸く丸く、刈っていった。
そして後頭部に移る。バリカンは再び生徒の左耳の後ろから入れられ、清々しいほどの青みを作っていく。ここでも全ては刈らず、担任は部分的に髪を残したまま、バリカンを置いた。
次に担任は、坊主にするには必要ないであろうハサミを手にした。
生徒が怪訝に思っていると、担任は生徒の前髪を乱暴に掴み、半分ほどの長さで真っ直ぐに切り揃えた。
生徒「えっ!?坊主にするんじゃないんですか?」
担任「どうせ最後は丸坊主なんだ。ちょっとくらい楽しませろよ。」
そう笑いながら、担任は他の部分もジャキジャキとハサミで真っ直ぐに切り揃えていった。
しばらくすると、ガタガタのおかっぱ頭に頭頂部だけ嫌味なほど青く刈り取られた奇妙な髪型が出来上がっていた。
担任「かわいいじゃん。これでいいんじゃないか?」
生徒「やめてください!…早く全部剃っちゃってください!」
担任「ほう…、剃っちゃってくれ、か。」
担任は再びバリカンを手にすると、繋がったおかっぱ部分を刈り始めたが、数刈りしたところで手を止めた。
担任「ちょっと待ってろ。」
そう言うと担任は部屋から出て行った。生徒は惨めな頭のままで、いつ誰に見られるかとビクビクしていると、何かを手に戻って来た。
担任「悪いな。」
短くそう言うと、担任はなぜか濡れた石鹸を生徒の髪が刈り落とされた部分に擦り付け始めた。
少しして泡が立つと、反対の手に持っていた何かを持ち替え、泡の部分に滑らせた。
何かが滑った後は石鹸が拭い取られ、その部分だけやけにツルツルして、蛍光灯の光を反射していた。
生徒「…えっ、まさか剃ってます?」
担任「ああ、気付いたか。お前がさっき、全部剃ってくれって言っただろ?ロッカーに俺の顔剃り用のがある事思い出してな。」
生徒「そんな…!あれはそう言う意味じゃ…。十分短いじゃないですか…。」
ピンクのかわいらしいクロスを撒かれているせいで、青い剃り跡や雑に切り揃えられた不恰好な頭がより痛々しく見える。
泣きそうになる生徒に、担任はさらに追い討ちをかけた。
担任「あーあ。サッカー部の爽やかイケメン君も、こんな頭じゃ台無しだな?」
生徒「うっ…くっ…。」
ついに俯いて泣き出してしまった生徒に、担任は強引にも正面の鏡を向かせた。
担任「次赤点取ったら坊主にするって、お前が約束したんだぞ。またこうなりたくなければ、ちゃんと勉強しろ。」
生徒「はい…。」
今度は石鹸が頭全体に塗りつけられ、髪のある部分で泡立てられた。白い泡で覆われたところを、T字の剃刀が走る。まだ長さの残っていた髪も、泡と一緒に一気に剃り落とされた。
所々ポツポツと毛が残っていた部分も、何度となく剃刀を滑らせていくうちに周囲の頭皮に溶け込み、滑らかになっていった。
全体の毛という毛が、1ミリも残さず剃り落とされたとき、最後に残されていたのは前髪の一部だった。
早く剃ってくれと思う生徒に、担任は剃刀を渡した。
担任「最後はお前がやれ。」
生徒「え、なんで?」
担任「お前は今までの自堕落な自分と決別しなきゃならん。その証として、最後にお前自らの手で、その髪を落とせ。」
生徒「……。分かりました。」
生徒は剃刀を受け取り、充血した目で鏡を見ながら、震える手で最後の髪の毛を剃り落とした。
担任「…よし。よくやったな。」
言葉少なに、担任は濡れタオルで石鹸の泡を拭った後、タオルで生徒の頭をガシガシと拭きながらしみじみと言った。
担任「やっぱ、男前は坊主でも男前だな…。」
頭に全く毛が無く、風を頭皮で直に感じるのが新鮮だった。鏡を見ると、泡も拭き取られて頭がひと回り小さく見えたが、担任の言うように思ったより悪くないかもしれない。そんなことを思いながら、照れ隠しのように生徒は顔をしかめると、ボソッと呟いた。
生徒「なんか…、ヒリヒリする…。」
担任「はは、石鹸で剃ったからかもな。」
ガハハと笑いながら、担任は大きな手をすべすべした生徒の頭に乗せて大きく撫で回した。
担任「髪の毛剃って、顔が引き締まったんじゃないか?俺はこっちのが好きだけどな。」
生徒「じゃあ先生もやればいいじゃん。」
担任「大人になると中々、そうもいかないんだよなー、これが。」
今度は自分の頭に手を当てて、白髪混じりの短髪をかく担任を見て、生徒の口からは意外な言葉が溢れた。
生徒「…先生、ありがとうございました。」
担任「…、おう。」
剃り上がった頭を見て、何か憑き物が取れたように吹っ切れた生徒は、自分を変えてくれた担任に対して、自然と感謝の言葉が出てきたのだった。
担任「じゃああとは俺が片付けとくから、お前はもう帰れ。」
生徒「お願いします。」
担任「また剃りたくなったら言えよ。」
生徒「んー、まあ考えとく!」
生徒は頭を触りながら、満更でもなさそうだった。
まだ若干恥ずかしげに、それでも晴れやかな表情で生徒指導室から出て行った。
担任は、日焼けした首筋との対比が眩しい、出来立てのなま白い後頭部を見送りながら、1人で微笑むのだった。
2022-06-11 19:06:22 +0000