春のファン感謝祭でナイスネイチャは競技に出走するのではなく、応援団に参加するとのことだった。
応援団長のキングヘイローに用意してもらったチア衣装に身を包み、毎日応援の練習に励んでいる。
そのチア衣装だが、お腹がかなり露出している。
トレセンで用意している共通ダンス衣装でも恥ずかしがっていたのに大丈夫なのかと聞いてみると
「いやぁ~超恥ずかしいんですよ?自分で衣装用意するんだったら絶対こんなの着ないって。でも個別で用意されちゃったら頑張って着るしかないじゃないですか」
お腹を手で隠しながら言う彼女の姿を見てちょっと新鮮な気持ちになる。
「それで?トレーナーさんも調子はどうなんですか?『トレ千直』の方は」
ファン感謝祭の競技の一つに『トレーナー 1000m 直線』がある。
普段表舞台にはあまり出てこないウマ娘を指導しているトレーナーがどういう人なのか知ってもらおうということで企画されている。
いつもなら出走登録しないのだが、ネイチャが紙を持ってきて
「私だけ恥ずかしい思いするの嫌だから出走して。いや、しろ」
と半ば強制的に出走することになった。
出走するのであればやはり一着を取りたい。
そう思い、ネイチャのトレーニングの後、自分自身のトレーニングをすることにした。
彼女には雑務処理があるからと言い隠れて走り込みをしていた。
ファン感謝祭当日
今年もウマ娘のファンがたくさん来場してくれて大盛り上がりだ。
「フレー!フレー!ト・レ・セ・ン!」
各会場で行われている演目の度に、応援団の声や太鼓の音が響いてくる。
その声に合わせて観客も自然と大きな声で声援を送っている。
「おいっす~トレーナーさん。いいのこんなところで突っ立ってて。もうすぐ出走でしょ?」
校門前から戻ってきたネイチャが声をかけてくる。
額から大粒の汗が流れている。全力で応援していたのだろう。
持っていたタオルと水を渡す。
「応援おつかれ。あぁ、もうすぐ集合時間だから行ってくるよ」
「ありゃ、もしかしてこれ渡すために?もう、いいのに。…それじゃあ私なりに全力で応援するから頑張ってくださいよ~」
「え?見に来るの?」
「言ってなかったっけ?次の応援する場所『トレ千直』なんだよね」
ニヤニヤしながら伝えてくる彼女。
急に恥ずかしくなってきたがもう後戻りは出来ない。
やるしかないと腹をくくりレース場へと向かう。
「さぁ、トレセン名物レース『トレーナー 1000m 直線』が始まろうとしています。普段は指導者側のトレーナー達がウマ娘の思いをのせて芝の上を走ります!」
実況と共に歓声が上がる。
ファンだけでなく、トレセン学園関係者やウマ娘たちも集まって見に来ている。
ファンにとってはどんな人があのウマ娘を指導しているのか見たいという気持ち。
トレーナーからアイツが走るらしいと珍しいもの見たさで。
そしてウマ娘たちは、専属だったりチームだったり、まだトレーナーが付いていない子たちが見に来ている。
スターティングゲート前に行くと他のトレーナーが準備運動をしている。
「よっ!お前も出るって聞いてビックリしたよ。お互い頑張ろうな」
同期のトレーナーに声をかけられた。
お互いに頑張ろうと挨拶を交わしていると
「フレー!フレー!トレーナー!」
応援団が来たのか大きな声で声援が響いてくる。
その中にネイチャがいた。ポンポンを振り応援している姿が見える。
ゲートインを促す合図。
各トレーナーがゲートに入る。
スターターが登り
ガコン
スタートする。
同期トレーナーが前を行くように走る。
それにピッタリマークしてついて行く。
観客席が近づくに連れて歓声が大きくなる。
残り500m。
現在自分の位置は3番手。
同期トレーナーはスパートをかけたのか徐々に差が広がる。
流石に無理か…そう思った時
「頑張れー!トレーナー!いけー!」
ネイチャの声援が聞こえた。
「お前すごいな!」
ゴール板を抜けて芝の上で倒れこみ肩で息をしていると同期トレーナーが声をかけてきていた。
結果は一着。
彼女の応援のおかげで身体の底から力が湧き、全力を出すことが出来た。
観客席を見ると大盛り上がりで、演目としても大成功のようだ。
勇気をくれたネイチャの姿を探してみるが、応援団が撤収している後ろ姿が見えたところだった。
他のトレーナーたちと挨拶を交わし、各々の場所へ戻っていく。
自分は着替えるため、トレーナー室へと向かっているところだ。
トレーナー室がある棟は感謝祭では使用していないため外の賑わいとは裏腹に静寂に包まれている。
省エネのためか、電気がついていない薄暗い廊下を歩いていく。
もうすぐトレーナー室に着く、曲がり角を曲がると
「お疲れ様。トレーナーさん」
目の前にナイスネイチャがいた。
「あれ?ネイチャ?応援はいいのか?」
チア衣装のまま目の前に立つ彼女を見て少し驚く。
「今はちょうど休憩時間」
そう言って近づいてくる。
「一着おめでとう。格好良かったよ」
さっきのレースの感想を伝えに来てくれたらしい。
「ありがとう。でもあれはネイチャのおかげだ」
ネイチャの声援があったからこそ、走る力が湧いてきた。
「何言ってるんですか。トレーナーさんが毎日練習してたからその結果でしょう」
「えっ、なんで知ってるの?」
自分が隠れて練習してたことを彼女は知っていた。
「いや、あんな見え見えな嘘の付き方分かるでしょ。…でも私のためなんでしょ?」
自分では上手く誤魔化せていたと思っていたがバレバレだったらしい。
「嬉しかった。それに一着も取るなんて出来すぎ」
「ネイチャのためだからな」
少し照れながら彼女にそう伝える。
「無理やり出走させてごめんね?」
彼女は少し申し訳なさそうに呟く。
「だから今回は応援団のネイチャさんがたくさん労ってあげましょう」
そう言って彼女は両手をこちらに伸ばす。
彼女の優しい言葉を聞いているとつい、甘えたくなってしまう。
気が付けば彼女に近づいていた。
「いっぱい褒めてあげる。私のトレーナーさん」
誰もいない薄暗い廊下で魅惑的な言葉を耳打ちしてくるナイスネイチャだった。
2022-04-29 10:45:03 +0000