社交ダンスパーティが開催されることになった。開催日は3か月後だ。トレーニングの準備をしているとドアが勢いよく開く。
「社交ダンスパーティにキングと一緒に参加して更に『リーダー』を務める権利をあげるわ!」
満面の笑顔でキングヘイローは入ってきた。彼女がこの催し物に参加しないわけがないと思っていたので心構えはしていた。しかし、聞きなれない単語があったので聞いてみる。
「リーダーってなんだ?」
「社交ダンスってほとんどの場合男女で踊るでしょ?その時リードして動く方をリーダーと言うのよ。つまり男性側の役割ね」
表情を見るに「もちろん参加するわよね?」という圧を感じる。
「もちろん」
一瞬、安堵した表情を見せるがすぐに高笑いを始める。
「それでこそキングのトレーナーよ!そうそう、『スタンダード』で参加するからそのつもりで」
また聞きなれない単語が出てきた。
「ワルツとかは聞いたことあるでしょ?あれをスタンダードというの。今回のパーティは競技寄りね。5種踊ることになるから」
「えっそんなにあるの?」
「ワルツ、タンゴ、スローフォックストロット、ウインナーワルツ、クイックステップ…この5種を覚えてもらうわ」
クルクル回ってるイメージしかない自分にとっては情報量が多く受け止めきれないでいた。受けなければ良かったかもとげんなりした顔をしていると
「もちろんいつものトレーニングを疎かにするつもりは一切ないわ。トレーニングが終わった後、あなたにこのキングが直々に教えるの。両立してこそ一流というものでしょ」
これは真面目に取り組まないといけないと気持ちを改めた。
その日のトレーニングはいつも通り行い、ケガなく無事終えることが出来た。トレーニング終了後、二人でダンスレッスンの部屋へと向かう。
「今度はあなたが汗を流す番よ。覚悟しなさい」
少し意地悪く微笑む彼女の言葉に既に冷や汗で背中が濡れる。
「じゃあ基礎練習始めるわよ。レッグレイズ、サイドプランク、リバースプランク…このあたりからいきましょうか」
一瞬ポカンとする。
「筋トレじゃん」
「そうよ」
彼女は短く答える。
「社交ダンス、しかもスタンダードはゆったりとした動きが多いの。だから体幹がしっかりしてないとすぐに姿勢が崩れて美しくないシルエットになる。だけどここをしっかりやればステップもすぐ覚えられるわ」
ぐうの音も出なかった。
「うぐおおおおおお…!」
言われた筋トレメニューをこなしただけで、既に大量の汗が噴き出していた。
「お疲れ様。次姿勢の練習よ」
一緒に同じメニューをしていた彼女は涼しい顔で次の準備を始める。生まれたての小鹿のようにヨロヨロと鏡の前に立つ。
「そういえばあなた身長何センチ?私は159センチなのだけれど」
急に質問が飛んできた。この前健康診断の時計測した身長の値を言う。
「あら、ちょうど良い身長差ね。ヒールで高さを調整すれば問題なさそう」
そういって彼女はこちらの姿勢を直していき、ホールドの練習を始める。
「親指の付け根を合わせて…指先は私の手の甲に沿って包み込むようにして。…力みすぎよ痛いわ。あと右手は私の肩甲骨を包むようにしてみて。そうこれが基本よ」
教わったように組んでみたらテレビでよく見るような形になって少し感動する。同時に彼女の身体をしっかりと感じるほど密着しているためドキッとしてしまう。そんなこっちの気持ちを知ってか知らずか、スルッと彼女は離れる。
「今の感覚分かったかしら?じゃあここからは鏡を見て練習していくわよ」
名残惜しいと思いつつ、練習は続いていった。
「お疲れ。今日はこれで終わりだ。毎回タイムが良くなってるぞ」
その日は陽が高い時間で終わらせるショートトレーニングの日。今日も彼女は絶好調だ。
「それじゃあ私はこれで。今日のダンスレッスンは無しよ」
「あれ?今日はないのか?」
この後当然やるものだと思っていたので少し驚く。
「前から約束していた用事があるの。今日はゆっくり休みなさいな」
久々に休めると思いちょっとホッとしてしまう。そう思いつつトレーナー室へと戻っていると
「早く行こう!」「楽しみだね!」
2人組のウマ娘が後ろから追い抜かしていく。キングとよく一緒にいるウマ娘たちだった。向かう先はダンスレッスン室の方だ。気になり後を追いかけると2人が向き合いダンスの練習をしている。
「そう良いわ。指先まで意識して。そのままの形でステップ。出来てるわよその調子!」
キングヘイローが指導していた。トレーニングが終わって1時間も経っていないのに彼女は他の娘のために動いていた。
彼女の真剣な眼差しを見て、自分はその場から離れる。
その日はすぐに家に帰り
「1…2…3…4…」
筋トレとステップの練習を行った。
あっという間に3か月が過ぎ、本番当日を迎える。
燕尾服に蝶ネクタイ。
「あら、似合ってるじゃない。素敵よ」
真っ赤なドレスに身を包んだキングヘイローが隣から声をかける。
「行きましょうか」
彼女と共にホールへと向かう。
ホール内に立つペアはどこを見ても知っている顔
シンボリルドルフにエアグルーヴ
エアシャカールにファインモーション
イクノディクタスにメジロマックイーン
等々
そんな中に自分が立っていて良いのかと不安になっていると
「一流の私が保証するわ。安心しなさい」
彼女は優しく微笑みかけてくれる。演奏が流れ始め、練習のように彼女の手を取り、一歩目を踏み出す。
気が付けば拍手を背にホールから出ていた。あっという間の出来事でちゃんと踊れていたか自分では良く分からなかったが、やり切ったという気持ちだけは残っていた。
「お疲れ様。とても良かったわ。あなたと踊れて楽しかったわよ」
踊り終わった後だからか高揚して頬がほんのり染まっている彼女が声をかけてくれる。
「さっきパーティがお開きになってみんな帰っていったわよ。あなたも今日はゆっくり休みなさい」
そう言って彼女はカツカツとヒールを鳴らし離れていく。自分の中である思いがふつふつと湧き上がる。
「キング」
声をかけ近寄る。彼女は前を向いたままだ。彼女の背中に今の自分の気持ちをぶつける。ふふっという短い笑いが聞こえた。
「『シャルウィダンス』なんて久々に言われた気がするわ」
こちらに身体を向けながら呆れたような表情で笑っている。この3か月間必死に取り組んできて本番はあっという間に終わってしまった。自分の中で『もっと一緒に踊りたい』という気持ちが湧いて出た。
「誰もいない、誰も見ていない、音楽も流れていないこんな場所で踊りたいの?」
彼女が意地悪く聞く。
「君とならどこでも。それで?」
即答し、彼女の返事を待つ。
「返事?それはもちろん…」
キングヘイローは右手を前に出す。
「 I'd love to.」
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キャプションオーバーしたので全文(4330字)は小説でご確認お願いします。
novel/16589536
2021-12-12 10:00:01 +0000