「あなたはもうトナカイさんです」
急にトナカイカチューシャを付けてきたセイウンスカイが言い放った。
クリスマス当日
学園でクリスマスパーティ開催となり、手の空いているトレーナーは手伝いをすることになった。今年、この地域では降雪は見込めないとのことで、スノーマシンの人工雪で少しでも雰囲気を出そうと手配した。数人で前日から稼働させ部分的に雪を置き、今日もパーティ会場の脇で雪の丘を提供することになっている。
トレーナー室で資料に目を通しているとLANE通知が飛んでくる。同僚からスノーマシンが不調だという内容だった。応援が必要か聞くと「人数はいるからお前は休んでて良い」と返ってきた。
気になりつつもお言葉に甘えて資料に目を落とすと
「えい♪」
ふいに背後から声と共に頭頂に何かを付けられた。びっくりしながら反射的に左手を頭に持っていくとカチューシャらしきものが付いている。
「またまた油断しちゃいましたねトレーナーさん…いやもうあなたはトナカイさんです」
背後から目の前にスタスタと歩いてきたのは制服の上からサンタコスのような肩掛けとイヤーカフを身に付けたセイウンスカイだった。彼女の言う通り、頭に付けられたカチューシャはトナカイの耳と鈴が付いたものだ。
何故これを付けたのか聞くと
「おや?トナカイさんなのに分からないのですか?セイちゃんサンタはこれから大好きなみんなにプレゼントを配るという大事なお仕事があるわけですよ。トナカイはサンタの手足となってプレゼントを配る手伝いをするのが当たり前なんです。なので今から一緒にパーティ会場にいきますよ。トレーナーさん…いやトナカイさん」
彼女の言っている理屈は良く分からないが明日大事なレースがあるし今へそを曲げられてもそれは面倒なので、彼女が渡してきた白い大きな袋を受け取り一緒にパーティ会場へと向かう。
降雪はないにしてもこの時期の外の気温は低く、冷たい風を受け身震いしてしまう。そんな中も自分よりも軽装なのにルンルンと目の前を歩いていく彼女の後ろ姿を見てやはりすごいなと感心する。
そうしてパーティ会場に着いた。中央には大量の食事が用意されそれを囲むように立食用のテーブルが置かれている。
後方には雪の丘が形成されていて数人のウマ娘が登ったり小さいソリで滑っていくのが見える。
「あ、セイちゃんだ!こっちだよー!」
スペシャルウィークがセイウンスカイに声をかける。前方のテーブルにいつもの4人が集まっていた。
それぞれ思い思いのクリスマスっぽい衣装に身を包み、パーティを楽しんでいるようだ。
「やあやあみんなメリークリスマス。今日も寒いねー。そんな寒い中集まっているみんなにセイちゃんサンタからプレゼントをあげようー。さあトナカイさん渡してくれたまえー」
そう言ってこちらに顔を向けず左の手のひらをこちらに見せる。
「あなた…またそうやってトレーナーを連れまわして…。あなたもお人よしね」
キングヘイローがこちらの心中を察してくれたのかそんな言葉をかけてくれる。
「私はみんなに喜んでもらおうと一生懸命考えてそのことを相談したら一緒に手伝ってくれるってトレーナーさんが言ってくれたんだよ。そんな言い方ってないよ…」
「え、あ、そうなの?それはごめんなさい謝るわ。真剣に考えてくれていたなんて」
キングは彼女の言葉を真に受けてしまったらしい。
スカイから『早くよこせ』という目線が飛んでくる。
仕方がないので「キングへ」とプレートが付いているプレゼント箱を渡す。
「ううん良いよ。受け取ってキング。メリークリスマス」
「ええ。メリークリスマス」
彼女は自然な笑顔でプレゼントを受け取る。彼女の流儀なのだろう。その場で箱を開ける。
パンッ!
クラッカーの音と共にバネの力でサンタのマスコットがビヨンビヨンと揺れる。
「スカイさん!」
「あははははははは!最高!」
スカイは目元に涙を浮かべながらお腹をかかえて笑っていた。その後、キングにはポケットから普通のプレゼントを手渡して他のみんなには一つ一つ箱を渡して別れた。
「いやーキングは最高だね。やっぱりプレゼントの醍醐味はサプライズだよねー」
そう言って先ほどより機嫌がよさそうに目の前を歩いていく。
「このあとどうするんだ?それにこの余ってるこれは?」
いつものメンバーにプレゼントを渡し終えたが一つだけ誰宛か分からないプレゼントが一つあった。
「ここにはいないから一旦トレーナー室に戻りますよトー…ナカイさん」
彼女はそう言って学園の方へと進んでいく。
その途中、雪の丘の脇を通った。丘の傍らにはスノーマシンが置かれていて、数人の同僚が何か作業している。さっきLANEで飛んできた内容が頭をよぎる。
「悪い一瞬だけいいか?」
彼女にそう言ってスノーマシンで作業している同僚に声をかける。
「大丈夫そうか?」
作業中の一人がこちらに気づく。
「あぁお前か。今業者の方に見てもらってる。やっぱ詰まってたらしい。でももう直るらしいからそっちは楽しんでてくれ」
その言葉を聞いて安心する。
「おーこれ手配してたのトナカイさんだったんだ。やっぱり雪があると雰囲気出るよね」
先を歩いていた彼女が横に並んでくる。
「ちょっと調子が悪そうだって言ってたんだが、もう直るらしい」
そう言っている間に駆動音が激しくなる。
「おーガタガタすごい揺れてる。なんかちょっと面白い」
彼女は興味津々と覗き込むように一歩前に出る。
その時
ゴォオオオと排出口から真っ白な雪が大量に吐き出される。目の前を覆いつくすように雪がの塊が降ってくるような印象だ。
自分は咄嗟に彼女の手を引き抱き寄せその白い壁に背を向ける。ドサァっと頭の上から全身に降りかかる。首元から結構な量の雪が背中に入り正直冷たくてしょうがない。
「大丈夫か!?」
同僚が声をかけてくれる。幸いにもこちらにはケガはない。
「大丈夫だ」と一言伝え、抱き寄せた彼女に聞く。
「スカイ大丈夫か?ケガはないか?」
先ほどの事にビックリしたのだろう。両手でこちらの胸のあたりにしがみ付くように掴み顔を押し当てている。庇ったつもりだが少し彼女の頭に雪が付いてしまっていたので撫でるように払い落としていく。
一瞬ビクッとしていたが、すぐに治まりしがみ付いていた手の力も弱くなっていく。
「歩けそうか?」
コクリと頷き顔を離した彼女の口からふわっと白い息が漏れ出る。彼女の手を引きトレーナー室まで戻る。
「いやー災難だったな」
雪を落としていると
「…今日は帰る」
そう言って彼女は出ていこうとする。
「え、あ、あれ?これは?」
彼女から預かりっぱなしの最後のプレゼント箱を見せる。
「…それ、『トレーナーさん』のだから…じゃあねまた明日」
セイウンスカイはこちらに顔を向けずトレーナー室を出ていく。外から走っていく音が響いていた。
一人部屋の中で残された自分はプレゼント箱を開けてみる。
パンッ!
クラッカーの音と共にバネの力でサンタのマスコットがビヨンビヨンと揺れる。
その下にはネイビーのシンプルな長財布と共に「メリークリスマス」と書かれた彼女のメッセージカードが入っていた。
2021-12-08 11:44:22 +0000