残暑がいっこうに仕事をする気配がないのはありがたいことではあるけれど、それにしてもこの鄙びた宿場町の朝はやけに涼しい。
「あの山はさ、何でもエッフェル塔よりでかい猫が、夜明け前の星屑と砂糖を混ぜて、気紛れにこねてつくったらしいんだ。夢がある話じゃないか?」
今、僕の目の前にいるその人は多分詩人ないし恋煩い、あるいは流浪の民といったところで、古びた宿の錆びた窓枠に頬杖をつきながら、川の上流の近くの新しい街を見つめていた。エッフェル塔より大きい猫が作ったという山々は今、桃色や藤色の朝焼けに美しく佇んでいた。
多分詩人なその人は、ここに辿り着くまでの経緯を半ば自身に言い聞かせるようにして僕に話した。夏草に埋もれたプラットホームのこと、海辺の不思議な廃墟のこと、ガラス張りの渡り廊下で、大好きだった懐かしいあの子に出会って声をかけたかったのに、何も言葉が出なかったこと。特に「あの子」のことを話すときの詩人はその澄んだ瞳をいっそうきらきらさせて、「あの子」の顔かたちや仕草はもちろん、渡り廊下の床の色、蛍光灯の切れかけ具合、支柱に掛かった看板に書かれた文字の一言一句まで鮮明に描写してみせた。
別れ際に詩人は言った。
「たとえどんなに遠くにいても、あの子はいつも自分の近くで微笑んでいた
でも本当は、自分がずっとここにいただけなんじゃないかって思うんだ」
空は刻々と明るさを増していく。いつだって僕たちは、変わらない大切な思い出に限りなく近い場所を探しながら、変わり続ける全ての中を歩き続けている、そんな気がする。詩人の後ろ姿を見送った僕は、新しい朝を告げる一番電車に乗り込んだ。
ユピタ
//相互フォロワーの遠森慶★SORAKO(user/12569897)さんとのコラボイラストです。遠森さんの作品はこちら(illust/92499324)になります。
今回、1枚目の200型を遠森さんの架空鉄道・夕凪鉄道の一般車色に、2枚目のパノラマ電車・2200系を夕凪鉄道の特急色に塗り替えてみました。
いやはや、楽しかった!ウチの電車に夕凪鉄道色を塗ったらどうなるんだろうと正直ドキドキしていたのですが、完成してみたらこれがとってもよく似合う……
夕凪鉄道は市街地から郊外まであちこちに魅力的な風景があり、イラストのテーマも非常に迷ったのですが、今回は夕凪鉄道の世界観の中に僕が感じた“郷愁と幻想”をもとに東洋・西洋の昔懐かしさが入り混じる未知の光景を膨らませていこうと思い描いていきました。遠森さんの作品は僕とはまた違ったコンセプトで、絵の中にはそれは素晴らしい街の風景が広がっていますので、是非ともあわせてご覧ください。
2021-09-04 08:17:08 +0000