【架空】高精度版セラコム車両手帳64:帝急50000形

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■帝都急行電鉄50000形
セラコム前身企業である成急電鉄の黎明期の名称、帝都急行電鉄が1960年に登場させた本形式は、同社初のデラックス特急形車両である。

戦後の再出発を果たした帝急は膨大な路線網を改めて保有する事となったが、広大な路線を結ぶ速達列車の製造と運用は同社にとっての悲願であった。

帝急は戦後、1930年から進めていた鹿島線、鹿島周辺での観光地開拓を再開した。
同線は元来鹿島神宮への参拝客向けの運用を中心としてそこそこの利用客を得ていたが、本格的な利用車拡大には至っていなかった。そんな中、1950年後半に国鉄がフラッグシップモデルの151系特急電車をデビューさせると、関東の私鉄では一斉に特急電車の開発にいそしむようになった。帝急としても、この波に乗るべく、戦前から途切れていた特急形電車開発に本腰を入れ、本形式が誕生した。
本形式は151系は無論の事、東北線で競合する東武鉄道の1720系DRCにも匹敵するような車両を目指して製造され、中間の簡易ビュッフェ車や全席個別窓割りなど客席サービスも充実させている。

外観は大きなライトモジュールと連結器カバー・愛称板が特徴で、側面も塗り分けを多用した凝ったものとなっていた。
なお、スカートの中にはミュージックホーンの開口がある。

編成は全車電動車の6連で10編成が製造され、鹿島線向け高速「みかづち:鹿島神宮の武甕槌命に由来」と東北線向け高速「なす:終点の那須塩原駅に由来」に投入された。
本形式は1987年に後継の60000形が投入され、1995年に引退するまで35年にわたって帝急・成急路線網の頂点に君臨した。

余談であるが、「みかづち」は現在もセラコムのIC愛称として活用され、「なす」に関してはセラコム発足後の仙台線開通後に「あおば」が誕生するまで東北線方面特急の名称に使用されたのち、廃止されている。

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2020-12-06 15:12:20 +0000