聖剣

こばひろ
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重たい喫茶店のドアを開くと、乾いた鈴の音が白んだ曇り空の中に消え入った。
底が所々抜け落ちた吸殻入れに、灰になったジタンを突っ込んだ。2本目に火をつけようとした時、ヨレヨレのトレンチコートに安タバコにとまるで「刑事コロンボ」そっくりの男が俺に話しかけてきた。何でも本当にこの近くで起きた事件の捜査をしていると言うんだから、驚かせるじゃないか。

あいにくこれといった情報も持っていなかったので、頭を掻きながら我ながら中身のない話を「ええ」とか「まあ」とか、薄っぺらな間投詞を挟みつつ語るほかなかったのだが、どうやらこの男はもうすでに解決への手掛かりを掴みかけているようだった。

「奴(やっこ)さんの考えは分かってる
名もなき勇者がヴォーパルの剣で怪物を退治したって訳ですよ」

どうも長々とお引止めして失礼致しました。
そう言って立ち去った男の後ろ姿を見送りながら、俺は独り言ちた。今あの男の頭上を通り過ぎていく回送電車の窓に浮かんだ吊革の虚ろなシルエットみたいに、分かってみれば事実はきっとひどく寒々しいものなのだ。たとえば昨日誰かに踏みつけられて枯れた道端の野花があったとして、それが有毒植物だったかどうか、さらには帰化植物だったか多年草だったかどうか。それを知ってるのは果たして俺か?それともあんたか、植物学者か?否だ。

そうさ。今やヴォーパルの剣を持ってるのは「奴さん」だけじゃないのさ。奴さんが次の冒険譚を紡ぐ旅支度をしている事も、首を斬られた怪物の横で実はもう一本落ちた首がある事も、何もかも知っているんだ、あのトレンチコートは。
因果なもんじゃねぇか、奴さん。あんたの名は茨のごとき“ジャバウォック”。おたくの眼に映ったその野花が何色で、その野花がどんな香りを放ち、どんな景色を見て育ってきたのかなんて、誰も知らないという事を知っているんだ、あのトレンチコートは。どうしてあの鋭い刃を向風の吹く日に使ってはならないのかも、何故奴さんがあの野花を怪物と見間違えたのかも、何もかも分かってるんだ。何もかもな。

//ふだん作品をパソコン上で編集する時は、色味・コントラスト共に必要以上の加工は避けようと努めていますが、今回は思い切ってコントラストと明度をかなり極端めに振り切ってみました。

2枚目は「ナチュラルメイク」版、3枚目以降はメイキング。

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2020-08-11 11:52:47 +0000