「一体、私の身に、何が起きたの」
女は茫然とつぶやいた。
自分は、父と一緒にデ・アンダ家のご当主の元へ夕食をいただきに行っていたはずだ。そう告げると、魔女帽を被った少女――メルメは、「ここは新大陸だ」と簡潔に述べた。
新大陸。
それは、女が、調査騎士団レグルスと共に訪れるはずの場所だった。しかし、女には家族がいた。余命わずかで、いつこの世を旅立ってもおかしくないと医師に宣告された父が。
女は己の役目と家族を天秤にかけ、そして家族を選んだ。未踏の地での冒険、騎士団と共に戦うことのできる栄誉、そして数々の物語と共に受け継いだ「名」の誇りよりも、女は、世界でたった一人の父を選んだ。
メルメは言う。
「これは私の大魔法です。遠く離れた地の同胞、異界の英傑たちを、この地に集結させる。すべてはあの怪物を倒すため……」
メルメに示されて、女は空を見上げた。
目の前に強大な、この世の災厄を集めたかのような禍々しい獣が見えた。視線を下へずらせば、抉られた大地に、吹き上がる炎と魔法の光。そして災禍に立ち向かう戦士たち。血の匂い、戦場、そして、残酷なまでに切り立つ生と死。
己が少女に呼ばれた理由。
女にとって、それが運命でも、宿命でも、因果でも、構わなかった。とうとう、ここに来てしまったのだと、女はぼんやりと思った。己が懇願しようと、拒絶しようと、何かしらの縁の糸をたどって自分はこの地にたどり着く運命だったのだ。女は納得した。そして、今や遠い故郷にいる父に、心の中で謝罪した。
「……こんな女が来たなんて知ったら、戦士たちがかわいそうね」
皮肉だ。己ができることは、ただの一つしかないのだから。
女はぬばたまの髪を背へ流し、立ち上がった。
「我が名はヴェロニカ・シベリウス」
びりびりと大気が震えた。稲妻が地を走るかのように、女の声が地に響き渡った。
「今は亡き銀貨の国主より賜りし名は、コルレオニス――『獅子の心臓』!」
今日も、声はいい調子だ。女はひとり頷き、両手を胸に当てる。それは祈りの仕草ではなかった。この強い女は、戦場で祈る人間ではなかった。
「私の声が届く限り、おまえたちは倒れることすら許されないわ」
女は、歌う。
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彼女が高らかに名乗りを上げた場所からそう遠くもなく、近くもない場所で。
調査騎士団レグルス副団長、ハイネ・シリルもまた、戦っていた。
異形の姿に戻って影の槍を無数に伸ばし、味方に降り注ぐ光弾を退ければ人型へと戻り、団員たちへ強化魔法を唱える。もう、己が「どちら側なのか」わからなくなるほどに、混沌とした時間だった。永遠にそれが続くのではないかと、彼自身も考え始めた頃――
ハイネは、空を仰いだ。血潮と呼ぶには赤すぎず、黄金と呼ぶには匙一つ分の栄光が足りぬ、そんな色模様だった。彼方からはまばゆい花火が飛び、各所で魔法陣がきらめくも、もはやそれが自陣のものなのか敵国のものなのか――彼にとっては、ヒトはみな同じ集合体にしても――まったくもって、判別がつかなかった。
まだ戦える、と、ハイネは冷静に自身を分析する。
もう、心は折れない。心の柱となる添え木を、この大陸で大切な人々からもらったから。
灯火は胸にある。己の眼が曇っていただけで、この胸にはずっとこの炎が輝いていたという。
そう、自分はまだ戦える。ただ、団員たちはどうか。獣は星光石の無尽蔵の魔力と歪な体躯を駆り、これからもこの地に災厄をまきちらし続けるだろうと、地の魔としての本能が、ハイネにそうささやいていた。
何の因果か。剣戟と魔法と爆発との合間をするりと抜けた静けさが、ほんのわずかな間、満ち満ちる。それは、人里なき荒野の本来の姿であった。
次に、女性の力強い声音が、静けさを切り裂くように響き渡った。ハイネは辺りを見回す。それは、己を長らく苦しめてきた喧噪の類ではなかった。もちろん、団長ザカリアスの号令、でもなかった。これは――
「歌だ」ハイネはほろりとこぼした。
知らず、唇が震える。否、ハイネは、なぜ己の魂が震えるのか、理由を知っていた。
紡がれたその声は、初めて聞くものだった。しかしそれは彼が、そして「彼らが」よく知る言の葉だった。
「我らの両翼は 新たな空を恐れぬ」と。
その声は、朗々と謳う。
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吟遊詩人コルレオニスは、「歌」により前線を支援します。
調査騎士団レグルス所属の団員は、数々の歌の合間に、騎士団の「旗標」が入っていることに気付くでしょう。
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【調査騎士団レグルス旗標全文】
我らの両翼は
新たな空を恐れぬ
行く道を照らす
三本角は折れずの柱
胸には赤獅子の勇気を灯す
我らは 剣だ
異なる地で生まれ
異なる血肉に縛られるが
みな、同じ獅子の名を背負って立つ
※省略verは調査騎士団レグルスのギルドシートにて( illust/78955158)
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【人物情報】
名前|ヴェロニカ・シベリウス
職業|吟遊詩人「コルレオニス」二代目
性別|女
年齢|20
種族|人
身長|168cmn
好き|歌
言葉遣い│私/あなた/彼・彼女
コルレオニスの名前に誇りを持っており、旅先では本名を名乗らず「吟遊詩人コルレオニス」で済ませることも多い。
戦闘スタイル
▶歌(コルレオニス歌唱法)
【効果・動】身体強化・体力や傷の回復速度を上げる・治癒
【効果・静】弱体化(動きを鈍らせる・眠らせるなど)
彼女の真価は声量の大きさと厚み(効果範囲の広さ)にある。それは「一度眠ると何をされても百年単位で起きない老ドラゴンを叩き起こしたほど」であり、とにかく非常によく通るため、閉所で彼女の歌を聴くときは要注意。
▶拳舞
兄の訓練に付き合ったり、体力作りに励んでいたら身に付いていた。達人との一騎打ちには適さないが、乱戦や一撃離脱には使用できる程度の腕前。
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最終日ということで、FA兼ねて描かせていただきました……!
皆様ありがとうございました!(敬称略)
星明りの召喚陣(魔女メルメ) illust/80311511
可能性の流星弾(変身態 ザクィア・カラミティ) illust/80219620
新星への路を繋げ illust/80233902
封じられしもの illust/80310961
機翼のアーラ illust/79020960
ランブレン illust/78996820
不都合な点はパラレルスルーしていただければ幸いです。
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うちの子
吟遊詩人コルレオニス(ヴェロニカ・シベリウス)
副団長ハイネ illust/79041832
2020-03-29 12:26:58 +0000