「おまえが今、何をどんな風に考えているのか。どうして今まで皆を助けてくれていたのか。それがよいことであろうと、悪いことであろうと、話しておいた方がいいんじゃないか?」
ザックがそう言ってきたのは、私が以前とほぼ変わりなく生活ができるようになったときのことだった。
心の準備が――まだ、みなに何と話せばいいか、まとまっていなくて――と、どうにか事態を回避しようとしたけれど、「入団から今まで、心の準備が出来なかったから黙ってたんだろ」と一言ばっさり斬り捨てられてしまった。
ザックは手際よく団員達を講堂に集めると、私を呼んだ。
副団長として団員の視線を集めることは数あれど、何の肩書きもなくこうしてみなの前に立つのは、初めてだった。
向けられる団員たちの目に潜むものが何なのか、私にはわからない。
私が人間でないこと、そして、私こそ「赤獅子の戦場をたどる影」の正体であり、今までみなを騙し続けていたことも――とうに周知の事実であるはずだ。それなのに、ザックは「私が何を考え、なぜみなを助けていたか話せ」という。
「まずは……騙すような真似をしてしまって、本当にすまなかった」
私は頭を下げ、そして上げた。
痛いほどの静けさが眼前に広がっていた。沈黙に耐えかね、私は団員たちを見渡す。助けを求めるようにザックを見るも、ザックは一度頷くだけで、何も言ってくれない。
視線を泳がせていると、極彩色の髪色を持つ女性が目に留まる。瞬間、脳裏に閃いたのは、奴隷商船の救出作戦中に聞いた言葉だった。
「……『自身が誰かを助け、助けた人が誰かを助けることで、縁は繋がっていく。獅子の心がそうして人々を守護してきたことを知っている』――そう、エスニウが話してくれたことがある」
私はゆっくりと、目を伏せた。まばたきの刹那に、彼の面影を見出すように。
「3年前、私に同じような言葉をかけてくれた男がいた」
ウィルフレド・シリル。初めて私を、家族と呼んでくれた人間。
「誰かを助け、助けた相手がまた誰かを助ける、そのリレーの先陣を切るのが、我々なのだと彼は言った。私は――彼の言葉に灯火を見たそのときから、ずっと、そう在ろうとしてきた」
古今に「母鳥ごっこ」と称されさえした、その生き方。
「何故そんな風に生きるのか、私を突き動かすものは一体何なのか。問われれば、今なら答えられる。
それは、私自身が、そう在りたかったからだ」
かくあれかし、と――誰に指図を受けたわけでもない。無差別に抜き出され、私に突き刺さる喧噪の言葉でもない。他の誰でもない、私の内なる声が、そうささやくからだった。
他者を慈しむこと。命が健やかに続くことこそ、最も大切なことであると。この、深淵の手すら拒むほどに固い土、風に乗ってどこまでも運ばれる戦場の臭い、命の音がことごとく消え去った世界で墓を作りながら――そう、あのときから、私は自分にとって、何が大切かを知っていた。
「私はそれを騎士道と呼んだことはなかった。私は他者に名を与えることはできない。私は怪物であり怪異、文明の灯りの届かない濃霧から這い出た社会の異物、人々から名を与えられる側で――しかし、私のそれは騎士の生き様であると。
ザックが、調査騎士団レグルスのみなが、己の矜持によって私に示してくれた」
不思議だった。私は彼らの生き様に、瞳の奥に、確かに私自身の姿を見たのだった。
万華鏡のように美しい色彩を持つ女性に目を向ける。その髪に万物の色彩を有するも、唯一、私の深淵の色だけは持たない。そして私も、彼女の髪色を羨むことはあっても、その極彩色を身に纏うことはできない。それでも。
「私は――奴隷の身分から解放され戸惑うエスニウに、かつての私を見たことがある。この騎士団に来たばかりの頃の私――『あれほどまでに求めていた人の輪の中での自由を得て、戸惑う自分』を」
私は眼前に集まった団員たちを見回し、静かに問う。
「みなはどうだ? みんなは、私や――自分以外の誰かの中に、何か、己にまつわる何かを視ることはなかったか?」
隣に並ぶ者と何か言葉を交わし、あるいはどことなく目を潤ませて私を見据え続ける団員たち。
みな、覚えはあるのだろうか。それも、わからないけれど。
「今回の一連の出来事で、私は己の不死性を証明してしまったわけだが……その一方で、私は怪異として在る限り、人々の語りによって存在の在り方を左右される宿命にもある。汚染された遺跡で見せてしまった暴力性も、漆黒の騎士の姿も、全て他者によって形作られた私だ。だからといって、してしまったことへの責任から逃れようとは思わない。何か罰が必要であるというなら、きちんと受けよう」
私は再度、軽く目を伏せた。
「……どんな強者であっても、他者の声から耳をふさぎ続けることはできない。他者の声を聞かなかったことにすることも、できない。みなを導くザックや、エル・ソルでさえ」
ドラゴンの騎士エル・ソルは、民と王の一声で国を追い出された。
団長ザックとて、騎士が天職であると豪語するも、今の彼の生き様は祖父や父、そして彼自身を取り巻く人々の声によって象られたことは否定できない。だからこそ、私は、新大陸へ行く前、ザックに問うたのだ。「貴様が戦いを望みさえしなければ、別の道もあるぞ」と。
思えば、私はあのときから予感していたのかもしれない。
私は肺の中に凝っていた息を細く吐き出し、顔を上げる。そこには、真摯に私の言葉に耳を傾ける、団員たちの顔があった。
「しかし、新大陸に来て、顔も知らぬ人々の喧噪に翻弄されて、私は学んだ。どんなに他者の声に影響されようと、己の内に声を持たぬ者などいない。己を偽ることだけは、できないのだと。
今でも時々、誰かの声がする。無責任な噂話、勝手な憶測、下世話な勘繰り、あるいは悪意ある罵声。
だが、それらに歪められてもなお、私は自らの信念を曲げることはできなかった。
志を同じくする騎士団のみなの命を、少しでも守りたかった。新大陸のただ中で、苦しみ、悲しむ奴隷の子供たちを見捨てることはできなかった。己の声だけは、裏切ることはできなかった」
言いながら、私の心は凪いでいた。
「だから、私は戦うんだ。これからもきっと、そうするだろう。
何処から生まれ出でたかもわからない、この命が尽きるまで」
鳥の羽ばたく音が耳をかすめる。
とても、とても静かな気持ちだった。
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アンサー・引用元はイメレスにて掲示
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お借りしました!(敬称略)
団長ザック illust/78964454
フェイ illust/79115166
エスニウ illust/79246786
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うちの子
副団長ハイネ illust/79041832
ウィルフレド(故人のためCSなし)
調査騎士団レグルス illust/78955158
2020-03-28 03:31:13 +0000