「鞍馬の奥、僧正ヶ谷にて、愛宕、高尾の天狗共が、九郎判官義経に授けし所の平方に於いては・・・(太平記より)」
天狗というとどうしても鞍馬の方の天狗をイメージしてしまいますが、
調べてみると今から二百六十年ほど前はの鞍馬寺奥之院「魔王殿」は、愛宕の太郎坊を祀った
「太郎坊社」であったそうな。
しかし揺曲「鞍馬天狗」に始まり、狂言、能、浄瑠璃、錦絵、小説という当時の喧伝機関にのって
鞍馬天狗の名が脚光を浴び、喧伝される情勢に合わせるため、太郎坊社を魔王殿に振り替えたのではないかと・・・、ここまできたらもうイメージするしかないだろーと。
時代が合わない?まだ不安定な超越現象が当時も起こってたと思えばいいのさぁ!
2019-10-03 13:58:45 +0000