短冊を手に、速水鵺は考えた。
願いを掛ける祭事を知ってからというもの、何を書くかについてはずっと頭を悩まされていたのだ。
もう一度会いたい。話をしたい。
最初に湧きあがった望みに従って、そう託すことだってできたのかもしれない。船上で出会ってきた人の中にも、そう願った人はいるだろう。
それは奇跡に手を伸ばすような、眩しいまでの希望に満ちた行いだ。そうして掴み取った未来での彼らの笑顔を想像するのは容易かったし、幸福が訪れてほしいものだと、心底思ったのだ。
けれど、速水鵺は知っていた。
放った言葉は消えないし、時間は戻らない。
物語はとっくの昔に終わってしまった。そして、わたしはもう何処へも行けないのだ、と。
彼女は、夢と希望にそのまま身を委ねるには現実を理解しすぎていたし、かといって、なにも願わずにいられるほどに全てを割り切れるわけでもなかった。
(甘いなあ)
自嘲の笑みさえも浮かばない。結局、最後の最後まで残っていたのは、ただの執着だ。
忘れたくないと我儘にしがみついてしまうその感情に、それ以外の名前は必要なかった。
まっさらな紙片に、深く鮮やかな青色のインクが染み込んでいく。
あまりに身勝手で、気持ち悪いほどに重くて、それでいてどうしようもなく純粋な欲を、ゆっくりと言葉にする。
だれにも届かなくても。行く末を知る由がなくても。いつの日か潰えてしまうことを知りながらも。
『私たちの生きた証が消えませんように』
と。
ただ、丁寧に、丁寧に、書き記した。
+++——————————————-+++
青くしなやかな笹の葉は、手から離れると呆気ないほど静かに舞い落ちて水面にたゆたう。それがゆっくりと波間の飛沫に揺らいで、飲まれて、沈んでいくのを見届ける。
あの葉に乗せた願いたちは、ああやって天に届けられるのかもしれない。そんなことを考えながら縛られた髪を解くと、見計らったかのように一陣の風が吹いた。
深まる暗闇の中へと毛先がさらわれる。それは夜伽の後に指で髪を梳かされる感覚に似ていて、少しだけ眠たくなって、──目を閉じた。
……もし。
瞼の裏に広がる光のない真黒に、灯のようにあたたかい懐かしさを覚えてしまったからだろうか。
夢想せずにはいられなかった。
もしも。
いつかどこかで。幾星霜を越えて、また出会うことがあるのなら。
そのときは、きっと幸せになれる予感がした。
……それだけで、十分だった。
+++——————————————————————————————-+++
七夕がもう間もなく終わろうかという頃、純白の短冊に青色のインクで願いを書きました。
高い位置に、葉の陰に隠すようにして吊るされていたようです。見かける・見かけないはご自由に。
その後、夜が一番深くなる時間に笹の葉を流しました。
何もかもがいつか朽ちてしまうことは当たり前に知っているはずですが、満足したようです。
この作品をもってキャラクターの消滅となります。最後の最後が交流作品ではなくてごめんなさい……(˘ω˘)
今後はロスト扱いですが、扱いについてはどうぞご自由に。何かありましたらお手数ですがメッセージでご連絡くださいませ。
最後になりましたが、交流や閲覧やいいねやブックマーク、本当にありがとうございました!
アフターでもよろしくお願いいたします😊
それでもずっと夜のなかにいる 化物のように、見つけられるのを待っている
【illust/74519057】
2019-08-15 12:55:37 +0000