『蜀山人』(後)

玉本秋人

(パンパンッ)

今例に出しましたが、蜀山人先生、煙草も同じでやめられない。

煙草の火玉、当時は煙管(きせる)でこざいますから夢で火玉が襲ってきたので先生逃げます。かろうじて逃げたらそこは鉄火場で、ここで一服。その火玉がまた襲って自業自得。なんて夢を見たとか見ないとか。
(パンパンッ)

博打も大好き。
しかし自戒の念がありました蜀山人先生、もう博打は止めようと、愛用のサイコロを橋の上から捨てました。
どんな目が出たのだろうと橋からのぞきこむ始末。何もやめられておりません。

(パンパンッ)
旅が大好きです蜀山人先生。

俳句の名人、松尾芭蕉が芭蕉と知らず、爺さん何か詠んでみろと、訪れた農村でゴザを敷いた村人達に無理難題をふっかけられた事がございました。

ムッとした芭蕉さんが
「三日月の・・・」と書いた。
その時は満月の晩。そんなときに三日月とは何だよ!と笑われておりましたら、その後に、

三日月の 頃より待つ 今宵かな

と詠んで、村人達を黙らせたという話がございます。

近江八景に来たときに蜀山人先生も、籠屋に近江八景をお題にして、全ての場所を詠んだらただで乗せてやると言われました。芭蕉さんと同じ無理難題、無茶ぶりというヤツです。そしてムッとしたというところも同じでございます。

そりゃあ、詠むのはタダですが大変なんですよ?

わたくしも講釈を読んでおりますが、知り合いに読売ジャイアンツの坂本勇人選手が大好きな子がいましてね・・・。

坂本選手と自分の馴れ初めを講釈にしてと頼まれまして。

断っておきますが、その子は坂本選手とは知り合いでもなんでもなく、観客席でただ見ていて応援をした事しかない、ただのフアンでございます。
しかしつぶらな瞳で、
「お願い!舞波さん♥」
彼女もわたくしを舞波さんと呼びます。屋号(亭号)だからやめてって。

(パンッ)

そこをなんとか、「to be or not to be 」
ハムレットの独白みたいにしたりなんかして。

「いったいどうしたらよいのか?」
坂本選手とお近づきになるには。

「問題はそこだ、荒れ狂う運命の矢先を
 心で受けて耐え忍ぶのがよいのか」
会いたくても遠くで見つめるしかできない乙女心を、こう表しましてね。

「それとも敢然と立ち上がり寄せ来る苦難を跳ね除けて終わらせるべきなのか?」
史上初の読売ジャイアンツ女性選手を目指す彼女の戦いが始まったとか、ストーリー仕立てにしてみましたり、

「死ぬことは眠ることそれ以上ではない 眠ってしまえば心の痛みも肉体に付きまとう苦しみも終わらせることができる
これこそ願ってもないことではないか」

その切り口から始めてみたけど、ネタに困って行き詰まる。
とりあえず寝て明日また考えよう。
それを繰り返して、現在でございます。

嗚呼っ!

(パンパン!)

ムッとした蜀山人先生ですが、次の瞬間!

乗せたから 先はあわづかタダの駕籠
ひら石山や はしらせてみい

瀬田、唐崎、粟津、堅田、比良、石山、矢橋、三井

近江八景全てが入ってぇおります。
どうだい!

わたくしがエバる事ではないんですが・・・。

籠で雑談しておりますと、蜀山人先生、煙草が吞みたくなります。
火を借りようとしたら、狂歌を詠んでくれたらと・・・。

入相(いりあい)の 
鐘の合図に撞きだせば いずくの里も日(火)はくるるなり。

入相とは日没、夕暮れに鳴らす鐘でございます。籠の中ですから火玉が追いかけて来たら逃げられませんが、外に出した火玉が追いかけてきたら、籠かきの足と火玉、どっちが速いのでしょう。

火玉に足はありませんから、これは文字通り蛇足ということで、場面転換。

(パンパンッ)

京の三条大橋に来てみれば、さぞ立派だと思っていたのだろうが、穴が開いて継ぎ接ぎだらけ。
しかし蜀山人先生、橋を見てすぐさま思いつきましたのが

来てみれば 流石都は歌所(うたどころ)
橋の上にも色紙短冊

わたくし、蜀山人先生の歌でこれが一番好きでございます。
口幅ったいですが、『粋(すい)』でございますね。

文政の6年頃、身体が弱ってきた蜀山人先生。
病床に伏せる日々が続いておりまして、いよいよもってという時に詠んだのが、

冥途から 今にも使いが来たりなば
九十九までは 留守とことわれ

この世に未練タラタラでございます。

もっと狂歌を詠みたかった。
もっと孫と遊びたかった。
もっと芝居を見たかった。

もっと旅をしたかった。
もっと花見をしたかった。

もっと酒が飲みたかった。
もっと煙草を、もっと博打を。
まだやり足りないのか・・・。

留守といわば またも迎えに来たならば
いっそイヤじゃと言い切ってやれ

最後まで洒落ておりました。
耳を傾けた家来に対して、最期に小さい声で、

時鳥(ほととぎす) 
鳴きつるかたみ初鰹
春と夏との入相の鐘

江戸の利口者と言われました狂歌名人、大田蜀山人という方のお話し。
この辺で読み終わりでございます。

(パンッ)(了)

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2019-06-26 01:30:51 +0000