まくら⑤(上野講釈亭にて)

玉本秋人

パンパンッ!(張り扇の音)

まず、翔子さんは現在「お嬢様キャラ」なるものに挑戦中です。
いいですね、わたくしもやはりこうした生業をしていますと、男女問わず様々な人物を演じますから、何かになりたいと言う気持ちは良くわかります。

尾仲愛さんは唐揚げが大好きな方でございます。
「3食唐揚げでも飽きないんですか?」
と、以前に聞いたら
「さすがにご飯とマヨネーズが欲しいよー」
と、こちらの予想を遥かに超える答えをお持ちになっておりました。

ちなみに「舞波さん」と、わたくしの事を呼びますが、舞波は屋号、お店の名前みたいなものなので、千景か舞波(屋の)千景と呼んでくださいと、これが一応の芸人のルールとなっております。
再三、愛さんにも言っているのですが、それでもついつい舞波さんと言ってしまう、おっちょこちょいさんでございます。

もう一つ、説明しなければならない事がありますが、それは一度置いておきます。

浅草駅に降りた時に、
「とりあえず唐揚げだね☆」
の愛さんの言葉、詰めて「愛言葉」を号令に、唐揚げ屋ならアソコだなと2人を案内しようとしたら、翔子さんが
「アタシはスイーツが食べたいですわ」
と異を唱えました。実を言うと、わたくしも気分はスイーツでございまして、心は生クリームを渇望しておりました。

わたくしの顔が唐揚げの気分ではない、その事を、普段バッターの表情を間近でうかがう、キャッチャーというポジションを任されている愛さんですから、鋭く読み取ったのでしょう。
プクッ!と頬を、まるで木の実を口一杯含んだリスのように膨らましました。
愛さん、普段は優しくて控えめな子なのですが、唐揚げが絡むと人が変わります。

忘れもしません、次の一言。
「唐揚げ屋さんへの1歩を、今踏んだよね!?舞波さん!!」

表情だけでなく、運んだ1歩目の足の向きまで見逃さない愛さん。

踏んだのは事実でございました。しかし、それは唐揚げ屋に行こう!という愛さんの要求に対する条件反射のようなもので、もう一度申し上げますように、わたくしの心はクリーム塗れ。
つまり、パッフェなのでございます。

仕方がない、チームの輪を乱したらもうすぐ始まる地区予選に支障をきたすと思い、それでは唐揚げ屋さんに行こうとしました。

忘れもしません。次の一言も。

「心を偽るな!本音をさらけ出せ、舞波!」

実を言いますと、翔子さんもわたくしの事を舞波と呼ぶのでございます。
芸人のルールなのでやめてって。

しかし流石は翔子さんです。翔子さんはチームの一番バッターで足がとても速い人です。鮮やかにセンター前を放ち出塁しますと、盗塁で軽やかに2塁ベースを落としいれます。
盗塁を狙う時には、相手バッテリーの仕草、呼吸、クセ。そして心理を巧みに読み取らなければなりません。
その人物観察で研ぎ澄まされた鋭い視線が、わたくしの心を射抜いたのでございます。

と、勝手知ったる間柄ではありますが、友達に往来で自分の体の動きと心の動きを全て暴かれ、何だか恥ずかしくなってしまいました。

そこで、
「最初に唐揚げを食べて、デザートにスイーツを・・・重たいですか?重たいですよね?」

言いながら同意を求めるという複雑な心境でございます。
すると愛さんが、

「さっすがだね!舞波さん、機転が効くね!」

翔子さんも、

「さすが芸人だな、舞波!」

その後、愛さんはモジモジして、
「実は甘いモノも食べたかったんだけど、何だか言いづらくて・・・」

翔子さんの方も笑いながら、
「食べたいのは自分だけって思われるのって何かイヤだね!舞波が言ってくれて助かったよ!アタシも今日はガッツリって気分なんだ!みんな同じで良かったー!」

褒められた瞬間は嬉しかったのですが、最後にもう一つの説明をここで言わせて頂きます。

わたくし、少食です。

豆腐半丁の冷や奴と白飯で「今日はよく食べたな、寝れるかしら?」と思うのです。

対する二人は、非常にご健啖。とっても良く食べるのです。

結局、人気のお店で唐揚げ定食を食べ、その次にパッフェを喰らうというハシゴを強行する事に相成りました。

檳榔(びろう)な表現ですが、
「オエップ」という感じになりました。

その時の浅草での油とクリーム塗れの思い出を胸に、いや腹に、
明くる日、ついにココ上野に回ってきます。

上野はご存知、上野広小路亭に、ココ上野講釈亭、上野演芸場(上野寄席)など、我々芸人達がひしめき合う、大変に愉快な街でございます。かつては上野本牧亭という、講釈師達のメッカとも言える場所もございましたね。

辻講釈をやりに、上野恩賜公園に良く行きます。
6月4日から、もう過ぎてしまいましたが、不忍池に佇む弁天堂では毎年「法華教」を読みます。講釈の長編物みたいに数日かけと読むようですね。

上野周辺を散策がてら、写真を撮ったりなんかしてみたり、後は古地図のアプリで歩いたりなんかも最近はありまして、江戸時代を歩く気分を1人味わっております。

見ながら歩いていたら以前、側溝に落ちましてね。半身が藻だらけになりましたが、バンザイをしてスマホは濡らさないように努めました。師匠の家にある貴重な古地図を借りていたら破門になる所でしたね。

パンパンッ!

上野公園の葉桜。江戸時代は桜の名所でございましたそうで、

 一めんの花は碁盤の
 上野山 黒門前に
 かかるしら雲 

 
昭和13年、寛永寺総門の黒門跡にて建てられた建碑に歌一首。

本日お話しをする方は、この方でございます。

(まくら 了)

#舞波千景#original#講釈#講談

2019-06-17 21:36:48 +0000