まくら②(浅草ジョイジョイカムカムホールにて)

玉本秋人

釈台は本来、我々講釈師を馬鹿にする意味で用いた呼び方で、見たまま「机」と呼ぶのが正しいのですが、このご時世、気にしている方はあまりいらっしゃいませんね。鶴々(つるつる)師匠くらいですね。古き良き形式にこだわる方ですから、入ってくるなり前座に「鉄瓶がねえ!」と怒ったというエピソードがございます。昔はこの横に鉄瓶があって、お茶を沸かし、それを飲みながら講釈師は語っていたそうですよ。
こうした講釈会では普段音曲(おんぎょく)は流しませんので、皆さまの拍手の後、この無音の空間で、前座の子は座布団を返し、釈台を手ぬぐいで拭いて、釈台がズレていたら直したりします。早くしなければ、と急いでしまったんでしょうね。私も前座の時分はそうでしたから、気持ちが良くわかります。寄席では落語家の方々を始め他の芸人さんもいますから、我々も出囃子を使うのですけれども、出囃子もなんだか急かされている気もしますが、無音の状態というのもあまり心地は良くない。皆様の、えーと、なんとも言えない視線と、袖に控える先輩の冷たい視線。私の事ではないですよ。私は皆様の向かって右側の、火災報知器を眺めていましたから。一回も鳴ったことがないが、果たして急を要する時に本当に鳴ってくれるのかしら?などと考えたりして。芸談協会一、何を考えているかわからない奴と言われていますが、一見すると冷たそうなこの両まぶた、しかし奥には芸に対する熱いものが込み上げ、気安く触ると凍傷を招きます。それでいて、本の読みすぎ、カサカサ乾いてさきほど目薬をさしてきた。
・・・ドライEYE(アイ)ス。こんな事を考えていつも待ってますからね、前座を見ている暇はありません。私もここで何を話そうかと必死でございました。さて今ので、皆様の、目の温度が、たいへん・・・暖かくなって来たのを感じます。春の陽気の如くポカポカと。しかしどういうわけか、鉄瓶に入れたお茶が飲みたいですねえ。

#舞波千景#講釈#講談

2019-03-26 09:00:53 +0000