【第一話】
刃がぶつかり合う音、荒ぶる魔法。硝煙の匂い、人と魔物の咆哮、悲鳴。
肌で、耳で感じる。ここは、戦場だ。
何かすべきことがあった筈なのに、思い出せない。それどころか手も足も出ない。
「はあっはあっはあっ」
どうにか安全圏を見つけて腰掛け、手に持っていた緋色の包みを広げた。
包みには白い糸で木と『エイユ』という文字が刺繍されていて、中には良い匂いがする箱と、厚めの紙。
(なんだろう、これ)
ぱかりと箱を開けると、美味しそうな食べ物がいっぱい詰まっていた。
胸があたたかくなった。
食事は必要ない筈なのに、お腹が空いたように感じて、気がついたらなぜか両手のひらを合わせていた。
わかったことが増えた。
箱と紙は「お弁当と「手紙」、エイユは名付けてもらった大切な呼び名。
ぼくは記憶を失った状態で、これを持たせてくれた人達がいる。
両手を合わせのは、その人たちと食卓を囲んで、何度も繰り返してきた動作。
ぼくにも、置いてきてしまった大切な片割れにも、大切で、帰る場所があるんだ。
「……おや?」
岩陰に、ふわふわした小さな生き物がいた。
(見たことない生き物だ。これは『記録』しなくては……あれ?)
ああ、そうだ。かつて自分は沢山のものたちと、珍しい生き物を記録していたのだ。
ちゃんと、覚えていたのだ。心が。
それがとても嬉しくて泣きそうだ。
「君も食べるかい?食事は誰かと一緒の方が楽しいよ」
そういうと、小さな生き物は嬉しそうにこちらへ来てくれた。
「ありがとう。じゃあ……いただきます」
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【第二話】
それから数時間、ぼくと小さな生き物(いのち、というらしい)は行くあてもなく彷徨った。
情けないことに逃げ回るのが精一杯で、先ほども魔物に殺されかけたけれど、顔に鳥の文様がある、大きな男に助けられた。
「あ、ありがとう…」
「貴様を助けたのではない。獲物を打ち倒しただけだ。未熟な者が戦場をうろつくなど自殺行為だぞ」
「うん…」
男は背を向け、その場を去ろうとしたけれど、足元や体の細かい傷が気になって、思わず服を掴んでしまった。
「何をする」
「ええと、ごめん…君は助けたつもりはなくても、ぼくとこの子は救われた。このくらいはさせてほしい」
男の肌にふれ、傷を癒す。やはり全ては治せないけれど...。彼は怪訝そうな顔をしてじろりとぼくを見た。余計なお世話だと思うけど、ぼくはぼくの意思で、そうしたかったんだ。
「本当に、ありがとう」
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【第三話:現在】
はめられた手枷、足枷が、じゃらりと冷たい音を立てる。
あれからどのくらい経ったのだろう。
(鳥の彼といのちは、今頃どうしているのかな……)
彼と別れた後、どこかの軍人にあっさり捕まって、奴隷市に売り飛ばされてしまった。
どうにか「いのち」は逃がせたが...包みと手紙を落としてしまった。
何度も逃げ出そうとしたが、従業員に阻まれ一度も成功していない。
情けない。本当に、なんてざまだ。
「ごめんなさい……」
せっかく持たせてくれたのに。まだ封筒も開けていないのに。
(…泣いちゃダメだ。弱気になっちゃダメだ)
絶対にここから出るんだ。
鳥の彼にもしまた会えたら、名前を聞いて。
この世界に降りた意味を思い出して、最後までやり遂げて。
(『あの子達』のところへ帰るんだ!)
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レベル1勇者もとい芽吹きのエイユ、ログインです。
谷間の国の戦いで いのち【illust/72940905】とグディンガルナダーカーンさんに遭遇→別れた後モブ戦士に捕まって、戦場からログアウト。奴隷市場カリダーデに売り飛ばされたーーという体で描いております。持っていたお弁当(中身は食べたので空)と手紙入りの包みは、逃したいのちが大切に預かっています。
🌱お借りしました、グディンガルナダーカーンさん【illust/73000696】
レベル1【illust/73611594】
現在は脱走を試みていますが全て失敗しているようです。
問題などありましたらパラレル、スルー推奨です。
2019-03-11 20:46:26 +0000