上野辻講釈〜おでん兄さんと〜

玉本秋人

二月東京、上野恩賜公園(うえのおんしこうえん)。西郷隆盛像の向かって左。

午前中の、上野寄席での高座が終わった昼下がりに、辻講釈をやってみた。

浴衣姿の西郷さんは愛犬ツンを連れて、今日もヨドバシパンダとにらめっこ。
いや、今はお互いにクリスマスが過ぎ、骨組みだけになったツリーを見て、「なんか寒そうだね、この子」とでも言っているのかもしれない。

徳川家の菩提寺(ぼだいじ)、上野寛永寺(かんえいじ)から歩いて石段を降り、不忍池(しのばずいけ)を回った先には旧岩崎邸庭園。
岩崎弥太郎は三菱財閥の創始者で、日本教育講談全集にも登場する人物だ。
神保町の古書店街で買ったものを読んで覚えた岩崎弥太郎物語を、道ゆく人たちの前でやってみた。もう少し構成し直してみたら高座にもかけてみよう。

そんな事をしていると、階段を駆け上がって、おでん兄さんがやってきた。
おでん兄さんこと、4代目辛子家おでん(からしや おでん)。私はおでん兄さんと呼んでいる。
元落語家で、とある事情で転職した芸談協会所属の講釈師であり、浅草の老舗おでん屋松でんの店主でもある。新作のおでんができると私にいつもご馳走してくれる、講釈とおでんと阪神タイガースをこよなく愛す、尊敬する先輩の一人である。

「お前に食べさせてやろうと思って店から持って来たんだ。行儀悪いが、まあいいだろ?」
それは嬉しいが・・・、店からここに?
「兄さん、どうやってここまで来たの?」
「走ってきたに決まってんだろ!おでん持って電車なんか乗れっかよ!」
確かに、浅草から上野までは徒歩でも来れるが、それでも30分はかかるだろう。上野駅方面からは信号もあったはずだ。
おでんを両手で持ちながら信号待ちしている兄さんを想像して、思わず吹き出しそうになった。

「ほれ、早く食え、遠慮なんかすんな」
・・・うむ、美味い。寒風にさらされて表面は乾いているが、まだ温かく、松でんの出汁つゆがちゃんと染みている。

きっと、兄さんは何事も全力で行う人なのだ。全力で物事を行うには迷ってなどいられない。
きっとここへも、迷いなく全力で走って来たのだ。
・・・おでんを両手で持って。時々信号待ちしながら。

「もう少しでプロ野球開幕だなあ、去年は最下位だったから、せめてAクラスに・・・」

嬉しそうに帽子のツバを触る、そんな兄さんとおでんを食べた。

#舞波千景#辛子家おでん#講釈#講談#Ueno

2019-02-28 08:02:59 +0000