「おい、鷹の目。何か近づいて来るぞ。」
キャベツの収穫中のミホークにペローナが声をかける。
ゴーストの一体、東の海の見張りが何かを見つけた。
「海軍だ!こっちへ向かってくるぞ!」
「海軍だと?」
この島にミホークがいる事を海軍は分かっている。
勿論、過剰に干渉される事を嫌う事も。
「ペローナ作業は中止だ。戻るぞ。」
そう言うと汗をぬぐい、ふぅと息をついた。
凛とした立ち姿。
遠く離れた新世界、ワノクニに居ると言われている「大和撫子」の姿が有った。
たしぎ大佐とスモーカー中将。
「すいません、スモーカーさん。わがまま言って・・・。」
「お前の決めた事だ好きにしな。」
たしぎは館の呼び鈴を押した。
世界一の剣豪と言われるジュラキュール・ミホーク。
頂上決戦の時に見たその剣捌きは常軌を逸した物だった。
武者震えをした時「ギィィ・・・」と小さな音を立てて扉が開いた。
世界一の剣豪が!・・・と言う思いに反して出てきたのはピンク色の髪をした小さな少女だった。
たしぎよりもさらに小さい。
大きくカールしたツインテール、ゴシック調の服、病的に白い肌と大きな目。
(お、お人形さん・・・?)
たしぎは、子供の頃欲しかったフランス人形を思い出した。
「何だおめーら?何しに来た!!」
容姿に似つかぬぶっきら棒な言葉に軽くめまいを感じた。
「わ、わたしは海軍大佐のたしぎです。こちらはスモーカー中将。ミホーク殿にお取次ぎ頂きたい。」
大きな目でギロリとたしぎを睨み、スモーカーへ視線を移す。
軽く手を上げるスモーカー。
「わかった、聞いて来るから、ちょっと待ってろ・・・。」
扉が閉まる。
「な、何なんですかあの娘?」
「さぁな。鷹の目に娘がいるとも聞いていないし、まさか少女趣味でもあるまい。」
『かつてシッケアール王国と呼ばれた忘却の地の湖城に住む世界一の剣豪と人形のような少女』と言うシチュエーションが既に想像の範疇を超えている。
少しの後悔を感じた時、再び扉が開いた。
「会うそうだ・・・ついて来い。」
応接間の大きな椅子に足を組んで座り、ミホークは二人を招き入れた。
「これはスモーカー中将。このような所へご足労をおかけしました。」
「いや申し訳ない。あんたが来訪を歓迎していないのは承知しているが、どうしてもこいつが会いたいと言うのでな・・・。」
「海軍大佐のたしぎと申します。お願いが有って参りました!」
「ほう、オレに海軍大佐が何をお望みかな?」
おもむろに膝を着き頭を下げてこう言った。
「わたしに剣を教えて下さい!!!」
流石のミホークも言葉を失う。
「いまや海賊の勢力は強大です!市民を守るため!世界を守るため!わたしは強くならなくちゃいけないんです!」
「いやいや・・・指導者なら海軍にもおられるでしょう。海賊をとらえるために海賊に教えを乞うと言うのか?」
「確かに海軍にも指導者は居ます!しかし、勝負は綺麗言では済まされません!勝つ剣術!生き残る剣術!が必要なのです!お願いします!!」
(嬉しそうだな・・・)
ミホークの口元が緩んだのをペローナは見逃さなかった。
一緒に住んで気が付いたのだが、ミホークは結構な世話好きである。
しかも、若い娘からの「お願い」にはからっきし弱い。
「しかし分からんな、海軍と言えば物量、火力に物を言わせた人海戦術こそ本来の戦い方では無いのか?剣術で危険を冒す必要は無いだろう?」
「確かにそうです、しかし、海賊の中に身を置く剣士が居ます。
彼等は剣の腕で倒し、鼻っぱしを折らないと、他の海賊団へ移って同じ事を繰り返すのです。
わたしは剣で人を傷つける奴らが許せないんです!そんな人から弱い人を守りたいんです!お願いします!!」
若い娘にこれ程までに頭を下げられるのは悪い気はしない。
「それで、どの海賊団を狙うのか?」
キッと目を開いてたしぎは言った
「麦わら海賊団!」
ペローナの顔色が変わった。
ミホークが目で(待て)と制する。
「あいつらは今、新世界に居ます。我々がイーストブルーから追い続けた宿敵です!」
「ロロノア・ゾロを知っているか?」
「知っています!!」
「あいつに稽古を付けたのは俺だ。あいつは俺を敵と定めて尚教えを請うた。お前に剣を教えると言う事は、俺を倒す剣豪を倒す剣豪を俺自身で育てると言う事だ。」
たしぎの血の気が引いた。
「や、やはり・・・二年前とは格段に強かったのはそう言う訳でしたか・・・。」
「それを聞いた上でなお、あいつを倒したいと願うか?」
たしぎは一層、目に力を込めて「ハイ!!」と言った。
ミホークはスモーカーに視線を移した。
「スモーカー中将。このお話は聞かなかった事にしましょう。」
それを聞いてたしぎが気色ばむ。
「ナゼですか!海賊に稽古をつけて海軍には付けて頂けないのですか!?それとも、弟子としての情が沸いたの・・・。」
「たしぎ大佐」
穏やかに、しかしキッパリとした口調で続けた。
「あなたの市民を守りたいと言う気持ちが本物だと言う事は分かります。その為に頭を下げる熱意にも敬意を払います。」
「ではナゼ!」
「ナゼ?あなたが市民を守りたいと語った時よりも、ロロノアを倒したいと言った時の方が熱意が有ったのはナゼですか?」
それを聞いてたしぎはハッとした。
「海軍が海賊を倒すために剣術を学ぶのは「大義」でしょう。しかし、個人に勝ちたいのは「私闘」です。私は私闘の為に剣術を教える気はない。お帰り下さい。」
ミホークは「ペローナ、お二人お送りしろ。」と言って広間を後にした。
広間を出たたしぎにペローナが訊ねた。
「なぁ・・・お前、新世界でロロノアに会ったのか?」
「・・・え?あ、はい、そうです・・・。」
思わず間の抜けた答えをしてしまう。
「あいつ、どうだった?げ、元気だったか?」
「え、ええ・・・元気でしたよ・・・。」
人形かと思うほど白かった頬が薄くピンクに染まっている。
(この娘・・・)
「あ、あいつ方向音痴だろ!新世界で死んじまう前に、捕まえてくれよな。頼んだぞ・・・」
そう言うと二人の前を歩き出す。
「そうか・・・元気だったか・・・。」たしぎの耳にペローナの呟きが聞こえた。
「あなた、ロロノアの・・・」と言いかけた時
「こちらからお引き取り下さい。」
事務的なセリフと共に扉が開けられた。
二年間、ロロノアは鷹の目に稽古を付けてもらった。
じゃああの娘は?
世界最強の剣豪と人形のような少女、そして海賊狩。
「スモーカーさん・・・わたし強くなります。海軍のやり方で・・・。」
「・・・ああ。」
スモーカーはたしぎの目に強い決意を感じ取った。
その日の夕食、テーブルには緑の腹巻をしたクマのぬいぐるみが参加した。
「ロロノアは強くなったんだって!元気だったんだって!!」
「そうか・・・。」
嬉しそうにワインを口に運び「オレが稽古を付けたんだ、少々強くなってもらわねば困る。」
心なしか、ミホークも上機嫌だ。
「お前は知らぬかもしれんが実はあの時になぁ・・・。」
「えー!しょうがねぇ奴だなー(笑)」
クマのぬいぐるみを見てペローナが言った。
「ロロノア・・・元気だってな。頑張れよ・・・。」
この日、怨念渦巻く湖城は夜更けまで笑い声が聞こえていた。
2018-04-18 02:15:56 +0000