ミホークの剣豪としての心得がこうであって欲しいと言うお話。
「これは、ジュラキュール・ミホーク様。本日は良くおいで下さいました。」
そう言うと紳士は右手を差し出し、うやうやしくミホークを店内に招き入れた。
クライガナ諸島を離れ船で小一時間。
それなりに大きな港町の老舗のレストランバー。
その店内に招かれたシッケアール組御一行。
招待主は50代であろう、恰幅の良い紳士。
努めて上品な言葉を選んではいるが、身のこなしは少々落ち着きがなく、話し方や態度も自己中心さが時折顔を出す。
「要は成り上がり者か・・・。」
ミホークとは少し離れた席をあてがわれたゾロは紳士の態度を見てそう思った。
ミホークが通されたテーブルには紳士とその息子であろうか、12、3才に見える少年。
その少年、ソワソワと落ち着き無く体を動かしているが、大きく開いた目はミホークから離れる事が無かった。
心なしか頬が紅潮し、嬉しさが抑えられないと言った感じ。
紳士が息子にミホークを紹介すると、立ち上がり何度もお礼を言う。
ゾロと同じテーブルにつかされたペローナが小声で問いかける。
「なぁ何が始まるんだよ・・・。」
「知らねーよ。」
何が有るか知らないが今日のこの為に稽古が中止になった事をゾロは快く思っていない。
「子供のお願いを叶えるために、大金積まれてノコノコ接待に来るなんて・・・」
今回の席をゾロはそう理解していた。
「ロロノア」
ミホークから声がかかる。
「黒刀を持て」
ミホークから預かった黒刀を渡す。
立ち上がって柄に手をかけ、紳士に抜いても良いかと声をかける。
「是非、本日は貸切とさせて頂いています。」
でわ、と黒刀が鞘から滑りだし、ゆっくり抜かれて行く。
刀身は店内の明かりに照らされるが、その刃側の半身はギラリと殺気を帯びた光を放ち、半身は艶消しのコーティングがされたかのように漆黒の闇の様だ。
鞘から抜かれ切ったその長刀は襲いかからんまでの殺気と動じることのない静けさをたたえている。
黒刀「夜」。
おそらく戦場で対峙した者で、その刀の様子を語る者はいないだろう。
抜かれたら最後、生きてはいまいからだ。
紳士と少年の目からも今までの紅潮した様子は消え、目の前の男が「世界最強の剣豪」である事を再認識した。
いや、身をもって体感した。
黒刀を鞘に戻してゾロに渡す。
再び席に着いたミホークに紳士が礼を言う。
「ありがとうございます。息子は貴方様の活躍の話を幼少の頃から喜んで聞き『自分も世界最強の剣豪になりたい』と、剣術を学んでおります。本人の努力の励みになればと本日はお越し頂いた次第です。」
ミホークが少年の方をチラと見る。
少年は握った手を膝にして緊張した様子で背筋を伸ばす。
その様子を見てミホークはフッと微笑んだ。
「お子様は良い心をお持ちの様だ。自分と相手の力量を感じ相手を尊重することができる。剣術を通して相手を見る目を養えばきっと名の有る剣豪になるでしょう。」
ペローナがゾロの耳元で囁く「おいおい、ライバル登場だな(ホロホロ・・・)。」
「っるせーよ、社交辞令って奴だろ。」
自分はあんな事言われた事ねーのに・・・と思うとちょっと面白くない。
「折角お招きに預かったので私の経験のお話でも致しましょう。先日行われた『頂上決戦』のお話などいかがでしょう?もっとも海軍から全て話して良いと言われている訳では有りませんが・・・」
おおっ!と二人から声が上がる。
「では・・・その前に、このワインでも良いんですが○○年物の××産は有りますか?話しながら頂くならそちらの方が良い。」
紳士はウィイターに指示を出した。
程なくミホークも指定した銘柄が届けられた。
それを口にして「ふぅ」と一息付くとミホークが語り始めた。
それは自身の体験を語るだけで無く、情緒豊かに言葉を紡ぐ。
決して大げさで無く淡々と、それでいてその場の熱気、狂気を含んだ語りに紳士と息子は食事の手が止まる。
ハッとミホークの語りに聞き入っていた自分にゾロが我にかえる。
隣ではペローナが身を乗り出し椅子から転げそうになっていた。
「(おい!)」
「(あ、すまねー・・・でも、スゲーな)」
ミホークの語る言葉には教養と質の高さが滲んでいた。
決して嫌味で無く、恭しくも無く、聞いているだけで自分のレベルが上がったのかと思える語りであった。
話が終わると、紳士と少年は興奮覚めやらぬと言った風に興奮気味にミホークに賞賛の言葉を贈る。
店の外まで送るときに紳士はミホークに懺悔の言葉を呟いた。
「ミホーク様、本日お出で頂いた本当の理由をお話ししなければ私は二度と貴方も前に立つ資格は無いと思います。息子は私が歳をとってからの子でそれはそれは溺愛致しました。
そんな息子の好きな貴方に嫉妬していたのです。
『何が世界一の剣豪だ、田舎剣士を呼び出して息子の前で恥をかかせてやれ』と。
しかし、貴方のお話をお聞きして貴方が世界一の剣豪と呼ばれるに相応しい実力と教養、品格をお持ちだと分かりました。『世界一の剣豪は世界一の男』でもありました。」
紳士は深々と頭を下げた。
「ロロノア、何か分かったか?」
宿に戻りバーで向き合うゾロに問いかける。
「あ、ああ・・・最強の剣豪は強いだけじゃダメって事だろ・・・。」
「そうだ。最強の剣豪を見て人々は『剣士』を判断する。
もしオレが無教養で粗暴なら世間は剣士をどう評価するだろう?
最強の剣豪にはその責任がある。」
ミホークが続ける。
「実はな、駆け出しの頃俺はパトロンがいた。その人の庇護の下、剣術に励み数々の結果を残した。
しかし、ある時そのパトロンに友人達の前で恥をかかせてしまった。オレの無教養が原因だ。
それ以降、オレは剣術と同じだけ教養を身に付けると誓ったのだ。」
コイツ、ここまで来るのにどれだけの努力をしたんだ・・・。
「ロロノア、今は強さを求めたいだろう。しかし、オレの元で修行するなら強さだけではなく教養も身につけてもらう。
オレが育てた剣豪が粗暴で無教養では他の剣士に面目が立たん。」
はぁ、とゾロがため息をつく。
「こりゃ剣術よりも厄介だな・・・。」
「ホロホロ、教養もそうだが、レディの扱いも身に付けろよな。」
「はぁ?扱うレディがいねーじゃねーか。」
「あんだとー!あたしだってミホークに立派なレディになる稽古付けてもらうんだからな!」
その様子を見てミホークは
「お前達を紳士、淑女に育てるのは世界一の剣豪を育てるより骨が折れそうだ。」と呟く。
ゾロとペローナはお互いの顔を見て言った。
「おめーには負けない!」
2018-03-09 06:12:58 +0000