ゾロがミホークに頭を下げて弟子入りをした後のお話。
「おい、ゴースト娘。ロロノアの食事の用意をしろ。」
ゾロの手当てをして戻ってきたペローナにミホークが声をかける。
「はぁ?なんであたしがあいつの食事の世話をしなくちゃいけねーんだ?」
あたしがそんな事してやる義理はねー。
ペローナの顔には有り有りと浮かんでいた。
「俺はロロノアに稽古をつけると約束した。その約束の間はロロノアをここに置く。
だが、お前はどうだ?ここにいるならそれ相応の仕事をしてもらう。
さし当たってはロロノアの面倒を見てもらう。」
ここにいるなら、と言われると辛い。
他に行く当てのないペローナにとっては事実上、選択の余地は無かった。
「分かったよー!作りゃ良いんだろ!」
「食材は厨房に有る物を使え。食事は8時からだ。」
そう言うとミホークは自室へ向かっていった。
厨房に入って「さてどうしたものか・・・」と思案する。
だいたい料理なんてやった事が無い。
スリラーバークでは幼少の頃から召使がやってくれた。
ペローナを溺愛していたモリアが刃物なんか持たせる訳が無い。
「食事は作ってもらう物」それがペローナの常識であった。
「だいたい料理なんてアレだろ。焼くか煮るかすりゃできるモンだろ。」
サンジが聞いたら激怒しそうな戯言を恐ろしげも無く吐き出す。
ふと見ると作業台の脇に一冊の本。
『料理入門~初級編~』
「おっ!おあつらえ向きに良い物見っけ!見てろよダメ剣士!!」
(おおぅ!これお前が作ったのか!流石ゴーストプリンセス。こんな美味しい物が食べられるなんてオレは幸せです・・・(土下座!)。)
「ホロホロホロ・・・(ニヤニヤ…)。」
何やら不穏な想像をしながら料理本をめくる。
『失敗無し!直ぐにできる簡単クリームシチュー』
これだ!
冷蔵庫を開いて食材を揃える。
写真付きだ。間違えるはずがない。
何とか、皮をむくと実が半分になっている気がするが気にしない。
『鍋を火にかけ中火で煮る』
「さて・・・中火だから、真中のコンロだな!」
ゴーと勢い良く最大火力で火が上がる。
グツグツと鍋が沸騰してきた。
「おっ、 何か料理している気がしてきたぞ。」
次に料理本に書いて有った事にペローナの手が止まった。
『沸騰したら、落としぶたをする』
「・・・・ブタ???ブーさん?なんだそりゃ、ブーさん落とすのか?」
思案していると、ミホークが厨房に顔を出した。
冷蔵庫から取り置きのローストビーフとスープを取り出し、テキパキと温めなおす。
「順調か?」
手の止まっているペローナを見て不安に思ったのか声をかける。
「あ!当ったり前だろ!・・・それ、お前が作ったのか?」
「そうだ、男手だから大した物では無いが・・・。」
「あ、あの、じゃぁ、ぶ、ぶた・・・って」
「ぶた?豚肉なら冷蔵庫にあるだろう?」
「あ、ああ!そ、そうだった!ホ、ホロホロホロ・・・。 」
豪快に笑うが目が泳いでいる。
「そろそろ間だぞ」
と言うと食堂へ自分の分を運んで行く。
ミホークにすがる眼で見ていた視線を料理本に落とす。
『アクは小まめに取りましょう』
軽く目眩がした。
「アクって何だよー!何か悪い奴出てくるのかー?魔女の鍋かー!?」
黒煙を吹き上げ、豪快に煮えたぎるその様は正に「魔女の鍋」であった。
テーブルに着いたゾロの前に置かれた物は料理と言うには、むしろ「物体」「物質」と言った方が相応しい、焦茶色でスライム状の「物」であった。
流石のゾロも声を発するのを躊躇している 。
食堂にはカチャカチャと言うミホークが食事を口に運ぶ音だけが響いている。
ペローナは俯いて肩を震わせている。
「何でホワイトソース使ったのに茶色になるんだよ・・・。
あの本が悪いんだ・・・ブタが、ブタさえ有れば・・・。」
情けなくて顔を上げる事が出来ない。
ズズッ・・・ガツガツ、ムゴムゴ、ズズズッ・・・
ペローナが顔を上げるとゾロが鍋に顔を突っ込む様にして「物」を口に掻き込んでいる。
口に入れては呑み込み、呑み込んでは口に入れ・・・。
鍋を持ち上げ黙々と食事を進める。
「・・・・めろ・・、やめろよ!不味いんだろ!無理して食うなよ!」
ペローナの目から涙が溢れた。
「当てつけかよ!そーだよ!偉そーなこと言って、何にも・・・出来ない・・・ 」
ガランと鍋がテーブルに置かれた。
「確かに旨くねーな。」
ペローナがキッと睨む。
その目を見てゾロが言う。
「でも、ちゃんと食えたぜ。ご馳走さん。」
鍋を空にしてニカッと笑う。
「鷹の目、ケガはもういい。明日から稽古始めてくれ。」
「うむ・・・朝食は8時からだ。」
「ありがてぇ、頼む。」
部屋へ戻るゾロを見送るとペローナがミホークの前に立った。
「鷹の目・・・。」
「なんだ?」
「・・・あたしに、あたしに料理を教えてくれ!!」
と言うと膝を付いて深々と土下座をした。
「あ、あたし何にも出来ねー!でも、あいつに美味いもん・・・まともな物を食わせてやりてー!あいつ、あいつ・・・良いやつ・・・じゃんか・・・」
最後は涙で言葉にならない。
口にワインを運びながらペローナに声をかける。
「お前も、他人のために頭を下げられる人間か・・・良いだろう。明日は7時に厨房に来い。」
顔を上げたペローナの表情が明るくなった。
何かが上手くなりたいなんて思ったのは初めての事だ。
「うん、うん、分かった!宜しくお願いするぞ!」
翌朝。
「おい!てめー!いつまで寝てんだ!もう、食事の時間だぞ!」
言うが早いかゾロの布団を引っぺがし、手を引いて食堂に連れ込む。
食堂にはミホークが既に着席している。
「おぅ・・・一応、お早うございます、かな・・・。」
ゾロが頭を下げるとミホークの口元が緩む。
「早く席に付け!朝飯だぞ!」
ペローナが運んできた皿には少し焦げがあるハムエッグ。
そして、トースト。
「い、いただきます。」手を合わせて料理を口に運ぶゾロの傍で、席にも付かずペローナがその様子を見つめている。
大きな目を見開いて「どうだ?美味いか?」と訴える。
ちらっとペローナを見たゾロは、心配そうに組まれた手の指の絆創膏が目に入った。
よく見れば、動きやすく束ねた髪、マニキュアも無ければ短く切り揃えた爪。
いつものケバい化粧もそこそこに、ほぼスッピンの顔。
(どんだけヤル気満々なんだよ。)
そう思うとフッと笑いがこみ上げる。
予想外の反応にペローナが不安そうな顔をする。
「美味いよ。昨日から格段の進歩じゃねーか。お前、伸び代デカイな。」
そう言われてペローナが笑顔になった。
「べ、別にハムエッグなんて・・・あ、鷹の目の教え方が上手かったんだよ!感謝なら鷹の目にしろよな・・・。」
「なんだ?泣いてんのか?」
人に褒められる事が嬉しいなんて・・・。
「な、泣いてねーよ!こ、胡椒が目にしみただけだ!」
「はは、お前、おもしれーな。」
「んだとー!あー、あたしも食べよっと!」
賑やかな朝食だ。
これが二年続くのも悪くないな。
そう思うとミホークはゾロに声をかけた。
「稽古は9時からだ」
厨房に料理本を置いたのはミホークです。
2018-03-03 02:59:02 +0000