初めまして隣人。
俺はかつてソクラテスと呼ばれた男だ。
今はもう呼ぶ者なんて兄ぐらいしかいないものだけどな。
長い道のりだった。
半世紀以上眠っていたようなものだが目覚めた国は穏やかで、途絶えるこの先も凄惨なものではなくなだらかに終わっていくだろう。
つい数年前にあの男が現れた時には驚いた。
何せ俺が兄へと渡した物語のタイトルを名前と名乗るものだから。
いや、しかし、この世では信じられないようなことが起こるのだと同時にあの時物語を燃やさなくて良かった、と心から思う。
もし何も知らずに焼いてしまっていたら。
俺は数多の命を知らず知らず殺めてしまっていたのだろう。
この本も、誰が書いたのかなんてついぞ知り得なかったがこの本を持ってからよく青い蝶が顔を出すようになった。
確かにこの本は鼓動を刻んでいるらしい。
正直、兄となった彼が来る度に苦しいさ。
過去の作品が目の前に現れるなんて作家にとっては羞恥も良い所だろう。
それでも彼は兄でもあるんだから仕方がない。
あの剽軽な態度といい目眩がするほどにそっくりだ。
まああの姿も今はあまり見えなくなってしまったが。
俺はこの時代では平凡も平凡。
どころか俺以上の発展をしている国が、開発をしている人々がたくさんいる。
そして何より、書いたことも、行ったことも、何一つとして無駄ではなかった!
俺はそれだけで救われた。
もう視力もがっくり下がってしまってね。
君との会話も筆談で申し訳ない。
コールドスリープの代償か、体は時間を進めて老いていっているようだ。
架空の生物と同じで声が出せなくなったなんてお笑い種にも程がある。
生憎俺は人間なもので、そこまで生が持たないんだ。
…ああいや、揶揄なんかじゃない。
彼らはただのインクを血潮とし、生を掴んで今を生きている。
俺の物語はきちんと今も呼吸をしている。
足並み揃えるのに、俺は少し時代遅れだったみたいだ。
…そろそろお別れだな。
さようなら、隣人。良い道のりを。
貴方の人生に幸多からんことを。
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⚜️ソクラテス=コールバーグ
⚜️年老いた果てを待っているひと。
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⚜️既知関係はお気軽にお声がけください。
2018-01-20 18:17:00 +0000