(キャプション編集は後ほど)
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依然として目立った動きが無いままの小雪がいる屋上を見上げ続けていると、作務衣のポケットに入れていたスマートフォンが短く二回震える。
電話ともメールとも違う通知。栂野はわたがしに見張りの継続を頼むと、画面を開いて確認する。
メッセージの送り主は理緒奈だった。
「理緒奈、ちゃん……」
栂野は感嘆が混じったような、寂しさが混ざったような声を微かに出す。
「確かに出た時よりも少しは明るくなってるけど、ろくでもない光なのね……」
スマートフォンを覗き込んで理緒奈のメッセージを読んだマリネが不快気に空を見渡すと、栂野もつられるように小雪が居る方以外の空を確認する。
夜の闇に支配されていた空が何処か神々し気な光によって少し明るくなっていた。少しずつの変化だったからか、小雪に気を取られていた栂野達は今まで気に止めようともしなかった。
「ですね。それと、ゲンガーさんが、来るみたい…ですね」
「げんがー!くる!」
仲間が来ることに反応したわたがしは嬉しそうに声を上げると身体を縮める。わたがしの身体から追い出された事で冷たい風が肌を撫で、栂野とマリネの身体が少し冷える。
わたがしは『綿隠し』が解くと、姿を現して栂野の周囲をぷかぷかと浮いて小雪がいる方に顔を上げる。
「うぅ……」
栂野はフラリと顔を下げると、疲れから溜息を長めに吐き出す。
まともに朝食を食べないまま出かけ、殆どの間『綿隠し』を発動していた栂野の創作エネルギーは消耗していた。野良画獣の調査などの隠密行動で異能を長時間使う機会が多く、栂野は長時間に及ぶ異能の発動に慣れている方だった。それでも長時間発動してから一旦解除すると、発動中は感じなかった疲労が溜息が出てくる程度にじんわりと流れ込むようだ。
『綿隠し』を解いた事で敵襲に備えるためにマリネが手頃な無機物がないか周辺をウロウロと探し、栂野が溜息を吐き出し終えて顔を上げた頃だった。
「ゲンガー、さん……?!」
栂野に降り立ったのは、見慣れた黒い鳥人型の画獣のはずだった。
目の前にいる画獣が着けている仮面は鮮やかな色が施された鳥のくちばしのような形で何処か気味が悪く、腕は四本に増え、触手が幾重にも生えている。
「僕の姿については気にしないで。……僕も、小雪を受け止めるの手伝いたいんだ」
「げんがー!ありがとー!」
「ありがとう、ございます。助かります……」
酷く姿が変わっているにも関わらず、栂野とわたがしは不思議なことに声と面影でゲンガーだと認識できた。
栂野は驚きこそしたものの、いつも通りに吃音混じりの声でゲンガーに話しかける。わたがしは近づいて来たゲンガーの元に飛ぶと仮面越しにもふもふと頬ずりをする。それから満足したようにぴゃーっと鳴くと、再び上を見上げて見張りに戻る。
「ゲンガー、さん。少しだけ、見張りを…マリネさんと、任せて……良いですか?」
「良いけど、どうして?」
「…祈らせて、下さい」
栂野は細めている目をそっと閉じると、祈るように手を組む。ゲンガーの隣にいるわたがしも真似をするように手を合わせた。
「理緒奈、ちゃん。お願い…帰って、きて……下さい」
「りおな、かえるの」
そして、一人と一匹は祈る。
「……随分と大胆な事をしたわねぇ」
ただ一匹、少し離れた所で栂野とわたがしの反応で漸く先ほど対面した画獣と認識できたマリネは目を細めてぼそりと呟く。
マリネは深くため息を吐くと、小雪が居ない方の空を見上げる。
「せめて挨拶くらいさせなさい。あんたはあたしがこっちに来た『切っ掛け』なんだから」
祈りには遠いような言葉。誰にも届かないほどの小さな声でぼそりと呟くと、祈りを続けている最中の栂野の隣に移動する。
栂野とわたがしは時間にして一分ほどしてから祈りを止めると、ゲンガーとマリネと共に小雪の見張りに戻った。【綿隠し】は発動させずに。
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『祈り』なんて何時ぶりでしょう
学生時代の礼拝の時間以来でしょうか
理緒奈ちゃんはすごい
世界のために立ち向かう
あの時だってそうでした
親方様と一緒に大きな黒い獣と戦っていました
うちはその場にいたのにただ守られているだけでした
それからただ誰かに守られるのが情けなく思えて
『マリネ』さんを創りだしました
せめて自分の身を守れるように
『人』と『獣』の区別は分からないけど
理緒奈ちゃんが願う『人』のまま
また幽鬼に帰ってきますように
もしも終わりが来てしまう時まで
幽鬼が誰一人欠けませんように
2017-12-30 07:46:06 +0000