【昭和19年頃】
昭和19年、第三期頃から物資の欠乏により制服はサージ生地から富士絹に、靴も自前の運動靴か下駄に、また空襲の頻発に伴いスカートは紺色のもんぺが指定されるも格好が悪いため、多くの方がスラックス型のもんぺを仕立てて着用していたそうです。
回想によると金モールの隊章は「鷲のみ」で左腕に軍属の徽章と並んで付けていたとしています。
※中部軍防空情報隊(のち第三十五航空情報隊)についての詳細はhttp://shinkokunippon.blog122.fc2.com/blog-entry-832.html
2017-08-19 15:01:23 +0000