鷲を担いし者

Legionarius
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全世界に僅か30人しかいない鷲の旗手。
軍団の鷲を担う者たち。

帝国の権威と畏怖の象徴、勝利と栄光の証……
ローマ軍団にとって鷲は何を意味するのか。
数百年に渡りローマ軍の進むところ、その切っ先の全てに光り輝く鷲が舞い、数多の戦士を導いた。

カエサル指揮下のブリタンニア遠征において、敵前上陸の危険に立ち竦む
戦友を鼓舞する為に第Ⅹ軍団の旗手はただ一人、海へ飛び込み先陣を切った。

カルラエ、トイトブルク、悲惨な敗北によって奪われた鷲を
取り返すためならば、ローマはあらゆる手を尽くしてきた。
この鷲の標章のために夥しい血と汗と涙が流され、途方もない富と時間が費やされた。

これほどの価値を付与された軍旗を託された者たちとは一体どの様な人物だったのだろうか。

ある者は命を懸けてローマの誇りを体現し、
ある者は己の利益の為に全てを擲つ……

死力を尽くして栄光の階を駆け上り、神々に愛された者、
あるいは不名誉の醜悪なる汚泥に沈んだ者、
ローマの歴史にその名を刻んだ偉大なる13人の旗手、
その個性豊かな伝説と生涯の実相に迫る。

IRBCドキュメンタリー「鷲を担いし者」
全13回 毎週金曜21時より放送!
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という感じの番組を見たいのですが無いですか、そうですか。

時代ごとに増減しますがローマの元老院議員は600人くらいいる一方で、ローマ軍団のアクィリフェル(鷲の旗手)は各軍団に一人。
ローマ帝国の総人口約6,000万、全軍団十数万の中(補助軍除く、セウェルス帝の時で33個軍団?)、同時代に30人くらいしかいない筈です。超誉れ高いポジションですね。それを言い出すと軍団の司令官とか首席百人隊長とかも同じですけど。

味方を鼓舞する為に軍旗を敵に投げる(ピュドナの戦いでしたっけ)とか
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怖気づく仲間について来いとばかりに1人で海に飛び込む旗手(ガリア戦記参照)とか
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ローマの軍旗と旗手には結構印象的な話が残っております。
史実とは少し違いますが「第九軍団のワシ」という物語でも極めて重要な象徴として扱われています。

ローマ軍の象徴が鷲に統一される前は狼、猪、雄牛、馬などの軍旗も使用されていました(マリウスの改革前後)。
鷲の象徴はその後の様々な王国や帝国においても王権や帝権の象徴となり、現在も各国の国旗や記章に引き継がれています。
いまだに権威と伝統の力を帯びた強力な記号なのでしょう。

通常の旗手(各百人隊のシグニフェル)と異なり、鷲の旗手は毛皮(トーテム的な文化に由来するとか)を被ってなかった
という説もあるようです。それとローマの建国伝説に由来して、長らく狼の毛皮が重視されていたのかなと私は思い込んでいたのですが、現存する彫刻などの史料ではどちらかというと熊や獅子の方が多かったようで。

軍団兵の武装との相違点は盾が小さくて円いパルマだったということで、これは軍旗を持った状態で通常の大盾(縦1~1.2m)を使用するのは困難であったためでしょう。何よりも特筆すべき点は旗手たちが普通の軍団兵の2倍以上の給料を貰っていたということですね。良いな……。

カルラエ:紀元前53年にマルクス・リキニウス・クラッススが4~5万の軍勢を率い、パルティア軍と交戦。
     半数の死者を出し、軍旗も奪われる。紀元20年、ティベリウス治世下の遠征で軍旗を奪還。
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(リンクは2世紀のパルティア騎兵をイメージ)

トイトブルク:紀元9年にゲルマン人相手に第XⅦ~XⅨの三個軍団と同盟軍が敗北、壊滅して軍旗を喪失。
       のちにゲルマニクス・ユリウス・カエサルがゲルマニア遠征時に奪還。
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#ローマ軍団#armor#アクィリフェル#軍団旗手#ancient Rome#鷲章旗手

2017-05-30 13:29:32 +0000