虚無主義→永劫回帰→ミラン・クンデラ『存在の耐えられない軽さ』という連想でした。
鈴木はどんな時泣くのかみたいな話をしてて、まぁまず自分の事では泣かなさそうだなと。
感情移入の移入先が自己に無いなら“感情”は彼の中でどの程度を占めて居るのか。全くの謎です。
大丈夫なのか鈴木。
「もし永劫回帰が最大の重荷であるとすれば、われわれの人生というものはその状況の下では素晴らしい軽さとしてあらわれうるのである」
「だが重さは本当に恐ろしいことで、軽さは素晴らしいことであろうか?」
2016-11-06 13:57:33 +0000