***きみと暮らせば【illust/55554290】
「火事起きたんが仕事中やったんが不幸中の幸いかな…。こっち来たばっかで知り合いはおらんし、オーナーの家はまぁまぁ遠い。店で寝泊まりするから、家帰る手間省けた思っとくわ」
「あのなぁ。確かに俺は平凡な人生やったとは言い難いけど、でも別に己の人生に悲観してへんぞ?君の目に俺がどう映ってるか知らんけど、俺はこの赤毛が真っ白になるまで生きるし料理人でおるつもりや。仕事人間なんは、究極の味を見つけるための修業や」
「……やから、俺が自分に無頓着なんは元々のもんや。それこそ、君には関係あらへん」
***今仲 陽一 (イマナカ ヒイチ) 男 / 25歳 / ビストロシェフ
中学卒業後は進学せずに料理店へ住み込みで働き、その時の知人が店を開くとのことでシェフとして呼ばれて今の店へ。
恐らく純粋な日本人。しかし自分の出生に関する事は全く不明。一時期は色々と調べようとしたが、結局何も解らなかったからなんかもうどうでも良くなった。かといって自暴自棄になる程まだまだ人生捨ててない。とりあえず料理人として自分が必要とされているので、今はそれに応えてよう。名前は拾い育ててくれた施設の人がつけてくれた。
まだ小学生だった時、自分が作ったご飯で「おいしい!」と同じ施設の子が笑ってくれたことが嬉しくて、それから料理が好き。
職業柄、清潔感は大事にしてるけど仕事に影響のなさそうなケガや病気は基本そのまま放置。人に引っ張られないと病院とか行かない。一度、足の骨を折ってることに気付かず放置しててめちゃくちゃ怒られたことがあるが学習してない。
***素敵な方とのご縁をいただきました。
雪平 累さん【illust/56198848】
前日の仕込みでちょっとやらかしたり、使い慣れた包丁で指切ったり、新メニューの打ち合わせが上手くいかんかったり、予想以上に客入りが多くて忙しかったり。…その日はなんとなく、調子が悪いなあと思う日やった。
せやから、ちょっといつもより…疲れてたんかもしらへん。
「はぁ。えらい立派な家に暮らしとるんやなぁ~…え、自分一人暮らしなん?」
「作家さんなんか。すまんけど、読書なんかせんからこの本の作者や言われても解らんよ、俺は。…まぁ、今度君の本見かけたら買ってみるわ。ほな、お邪魔します」
自分がこんな誰か(それも見ず知らずの他人だ)に甘えるなんて。…アパートが焼けてからまともなとこで寝とらんかったのが案外堪えていたのか。布団に横たわって数秒後には、もう意識は眠りの世界に落ちとった。布団って、こんなあったかくてやわらかくて、心地よかったっけ?
「す、すまん、泊めてもらっといて朝はようからバタバタして申し訳ないのは承知なんやけど、仕事遅刻しそうなんや。あーえっと、せや、夕方くらいにまた戻る、その時ちゃんとお礼もするから。ほんまに申し訳ないけど、ちょっと行ってくるわ!」(寝坊とかいつぶりや!?働きに出てから一回もしたことないのに…あぁ、いやそんなんどうでもええんや。仕事遅れるし、それにあの子にちゃんと礼もできとらん。…戻る言うても信じてもらえんやろな…)
「いや、買っちゃったちゃうやろ。待ってくれ、考える時間くれ」
確かに行く場所はない。それに、久しぶりの柔らかくてあったかい布団の感覚を体が覚えて、ネカフェに戻れる自信が実はあまりない。いや、そう言うて知り合ったばっかの人間の家にまた世話になるなんてそんな非常識な。いやいやそれ言うたらあっさりベッド買ってこれ使って言う相手さんも大概非常識では…?それに安くない買い物をさせてしまった責任も取らねば…いや、いやいや。いや……。
(……あぁ、なんかもう、めんどくさい)
せや、俺頭良くないねん。せやから、考えるの苦手なんや。
「君、赤の他人置いてよう出掛けれるな。知らんで、俺がほんまは極悪人で、戻ったらなんにもないー!てなってもうても」
「夕飯?いや、ええよ居候に気ぃ使ってくれんで。気持ちだけもらうよ、おおきに」
「今日は休みなんや。寝床のお礼に、腕ふるうで?…お、なんや一緒に作るか?それもええな」
最初は恐る恐る、彼女の世話になったのが、今では自分でも驚くほどに今の生活に馴染んでいて。
(仕事終えてここに戻ってくるんが、楽しみとか)
(でもいつか、新しいアパート見つけてここ出ていかなあかんのに)
「欲しいもん大事なもん作るのあほらしいって。そう思ってたはずなんやけどな」
(きっと俺は今の心地よさを手放せない)
「君には何もかも見透かされてるような気がしてかなわんなぁ」
でも決して俺が踏み込んで欲しくない一線は越えてこない。なんでやろう、それがなんか、少し、寂しいなんて。
(せやったら、)
失う事は怖いけど、でもいつまでも逃げて回って向き合わなくて、何にも知らないでいる方が今は、怖い。
(俺から越えてもうたらええやんか)
「俺を変えたんは君やぞ」
「なぁ、家に帰って来た時、これからずっとただいまって、そう言うてもええかな?」
とってもくだらない、けれど俺にしたら問うことすら怖くて仕方ない質問。でも君は、くだらないなんて一蹴せず、優しく笑って言うんやろ?「何を今更」なんて。
明日、仕事から戻って玄関のドアを開ける時は言ってやろう。
「累、ただいま」
2016-04-04 15:01:28 +0000