日本軍の陸攻搭乗員は、頑丈とも脆弱ともいわれる双発攻撃機に魚雷を積み込んで闇の中を飛び抜ける。低空を進み、屠るべき敵艦隊を捉えた瞬間、猛烈な対空砲火が闇を切り裂いて全方位を覆い尽くした。炸裂した砲弾の閃光が夜空を彩り、無数の光の帯が伸びていく。それは実に美しい光景だが、彼らはその光の一つ一つが自分たちを葬るために撃ちだされたものだということを否応なく自覚させられる。幾つかの味方機が直撃を受けて、炎をばら撒きながら海面に激突していく。この低空で撃墜されれば命はない。陸攻搭乗員は運命共同体なのだ。その七名の生命を任された操縦士は、常に読み上げられる高度を聞きながら操縦かんを押さえつける。敵艦船は自分たちのテリトリーである輪形陣に侵入してきた敵を墜とすために猛烈な弾幕射撃を行ってくる。機内には直撃弾や破片が飛び込み、中の人間を無残に殺傷する。そして撃墜されれば全員戦死だ。その恐怖と狂気に苛まれながら操縦士は全通甲板の稜線下を明滅させる敵空母を睨みつける。彼らは生と死の境を飛んでいるのだ。火線が周りを突き抜けていく中、敵空母が回頭しないことを祈りながら魚雷を投下。当たれば万々歳、外れれば沈黙するほかない。投下後に敵空母の甲板を低空で掠めると、また新たな砲火に晒される。輪形陣から抜け出さなければ生き残れないのだ。四面楚歌の中、追いかけてくる光の帯が命中しないように祈りながらひたすら耐え抜き、ようやく美しい死の包囲網から抜け出す。そうして彼らは帰還するのだ。だが、その帰還率は極めて低い。一緒に飛んでいた味方機の殆どは永遠に消えてしまった。そんな中、彼らは生死の境を飛びぬけ、生き残ったのだ。
だが、彼らはまたあの雷撃のことを思い出し、また無性に出撃したくなってしまう。あれほどの砲火をくぐりぬけ、恐怖を感じ、例え負傷したり手足が欠損しても頭にはあの闇の雷撃行の思い出が強く刻み込まれるのだ。恐らく自らの青春の中で一番熱かったのだろう。生死の境を飛び抜けた人間は一度それを経験すると一生忘れられなくなる。五体満足で生き残ればあの思い出を追い求めて再び闇の中に飛んで行き、二度と帰ってこなくなる。負傷した人間は、自らの傷を癒しながら人生で一番熱かった思い出を思念し続ける。あの闇の雷撃行を・・・
2016-03-26 09:29:17 +0000