新島襄と七歳のヘルマンヘッセ少年

奈良屋宗助 木苺大福

新島襄と七歳のヘルマンヘッセ少年です。

同志社大学の祖・新島襄は、1884年二度目の海外渡航で訪れたドイツでは訪問先のカール・オットー・ヨハネス・ヘッセの家で当時7歳の息子ヘルマン・ヘッセと会っている(母は宣教師)。

父であるヨハネス・ヘッセは、英語で書かれた内村鑑三の「代表的日本人」を1908年に初めてドイツ語訳した人物として知られている。
新島襄は函館からアメリカに密航したが協力してくれたのは、坂本龍馬の従弟・沢辺琢磨。

新島襄夫人は大河ドラマ 八重の桜の山本八重である。

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2015-09-19 12:52:15 +0000