人間は弱い。彼らは常に逃げ道を探している。私たちが手を伸ばせば伸ばすほど、彼らは自らどうしようもない破滅へと逃げ込んでいく。人間を守護するために生み出されたはずの私は、自らの使命がまるで果たせていないことに少なからず混乱した。
何故だ。何故彼らは滅亡に走るのだ。自分たちを救えと命じたのに。そのために私を造ったのだといったくせに。一体私は何なのだ。私の存在意義はどこにあるというのだろうか。
言葉も、心も、救いの手も、一つとして彼らには届かない。敬愛すべき主人のサーシャですらもが、報われない年月を重ねる中で死の闇へと落ちていった。彼女はまだ17歳だった。あまりにも早過ぎる別離に私は涙し、吼えた。そして、怒りと悲しみが理性を巻き添えにして爆ぜた。ついに私は狂った。人間という存在に絶望した。
救えないなら、届かないなら、逃げるのなら――――人間ナンテ、自滅シロ。
こうして私は邪神となった。数多の血と魂をすすり、己の分身とも呼べる災いを統べる殺戮者に。かつて正逆の地にある北都を守護していた旧友=ガメラと戦い、アトランティスを海底に沈めた後、不完全体に戻った私は生き残りの者たちの手によって封印された。それから永き時を経て再び蘇り、新たな主人と融合することでさらなる進化を図ろうとしたが、すっかり変わり果ててしまった旧友に邪魔された挙句トドメを刺された。それはとてつもない苦痛であると同時に、ある意味では幸福なことだった。かつて自分を縛り、狂気へと追いやった“人間を破滅から救う”という使命を、現世からの解放を以ってわずかながらに達成することが出来たのだから。
……さて、私の視点(カメラ)を形作っているパーツについては以上だ。この通り、私は人間のために生きようと努めたが、今となってはもはや信頼に値しない存在であると考えている。だから率直に言うと、君のことも非常に疑り深い眼差しで見ている。特に君の生前の出来事……自らの怯えと、友からの偽りの拒絶が枷となり、救いの手を伸ばせなかった記憶が大きなマイナスとして映っているのだよ。たとえ友人と死を超えた先で和解し、生前の恐怖を克服した証を読み取ったのだとしても、私の魂に巣食った不信はそう容易く拭いきれるものではないのだ。
しかし、それら全てを理解してもらった上で、私は君に一つ問うてみたいと思う。
――雛鳥よ。君は私という破滅から逃げるか、それとも向き合うのか。漆黒に染まる天涯に蛮勇の翼を広げ、かつての私が求めていた希望にその小さな手を届かせるのか。
さあ、じっくりと考えたまえ。なに、答えを焦る必要はないよ。これは次に君の前に現れる時までの宿題ということにしておこう。ただし、どちらに転ぶにしろ覚悟は決めておくべきだ。私と君が対立することも、逆に私たちが相乗りすることも、お互いにとってリスキーなことこの上ないのだからね。
……む、そろそろ幕が近い。それでは、色褪せてほとんど磨耗しきった親切心から搾り出した一押しを、最後の言葉として君に贈っておくとしよう。
しばしの別れだ、紫天の盟主。どうやら私は、私自身が思っている以上に――――諦めの悪い生き物らしい。
2015-04-30 18:21:10 +0000