ローマ軍の物語XⅣ “リュンケウスの目、イカロスの翼”

Legionarius

金や手間がかかるとか、人数が少ないとか、尻や腿が痛いとか、奴らにも奴らなりの苦労や悩みがあるんだろうが、それが何であれ、
クソ重い装備品や食料を背負い、驢馬みたいに埃塗れになって街道をのろのろ進み、ときに泥濘に嵌る俺達歩兵にとって、ぴかぴかの装具を身に纏い、色鮮やかな外套を翻らせて軽やかに駆ける騎兵の連中は羨望の的だ。ただ、斥候や軍使にはなりたくない。奴らの功績と必要性は認めるし、その底無しの度胸や勇敢さには惚れ惚れするが、少人数で敵地を進むのは御免だ。

敵地で真夜中の歩哨当番につくと昼には気にも留めなかった事が気になり始める。交代の時間がなかなか来ない事、虫の音、月明かりに浮かび上がる遠くの森の青黒い影。大地の僅かな起伏や風にざわめく草原。そこに説明し難い何かが起こりそうな、あるいは何者かが潜んでいる様な気配が感じられる。神々の息吹か、敵の斥候か。

月が雲の影に隠れ、辺りが闇に包まれる度に、見えるのは頼りない松明の灯りが届くところまでとなり、歩哨はとてつもない不安に駆られる。それでも、遠く離れた松明や見張り台の篝火が微かに揺れているのを認めると、俺と同じ様に当番に悪態をついている奴がそこにいるのだと少しだけ安堵する事が出来る。そしてつくづく思う、俺は軍団の中の一人に過ぎないが、それで良かったと。

いや、騎兵の話だった。一度だけ騎兵の惨い死に様を見た事がある。あれは手足が悴むほど酷く冷たい霧の日だった。野営地で夜明けまでの歩哨当番に立って同僚に愚痴をこぼしていた俺は、薄靄の向こうで誰かが動く気配に気づいた。仲間に警戒を呼び掛け、数人で駆けつけると首や手足の無い死体が三つ、無造作に転がされていた。少し離れたところから馬が駆け去る音がして深い霧の中へ幾つかの影が吸い込まれるように消えていった。

徒歩の俺は“重要参考人”を捕まえるのはまず無理だろうと判断し、当番の相棒だったクイントゥスに上官への報告や周辺の当番への警戒連絡を頼むと残された“土産”に目を戻した。全員の全身に明らかな“尋問”の痕が見られた上に、戦利品になったのだろう、結局辺りからそいつらの首は見つからなかった。腐敗臭もせず、切り口の断面も鮮やかで処刑されてからそう時間は経っていないことが知れた。指輪や徽章の類も奪われていたので、点呼を取り、軍医が名簿に記された身体的特徴や古傷を照合するまでどこの誰かも分からなかったらしい。俺は8人の仲間や百人隊といつも影法師の様に一緒だが、不運にも奴らはそうではなかったのだ。

“不運な三人”はハドリアヌスとかいう名の年若い将軍が見出したアラン人騎兵隊の所属だったらしい。中でもその手練れの斥候達は夜の雷光の神に因んでスムマヌスの息子達と呼ばれていた。生まれた時から馬と共に育ち、音も無く夜と霧に溶け込み、雷光の様に素早く駆けて敵情を探る。そんな腕利きの連中すら捕らえ、大胆にも俺達の陣地に接近し、土産を置いていく……。そういう連中に見張られていると思うと、寛いで眠るのは難しかった。喉を裂かれ、叫び声をあげる事も出来ずに死ぬ瞬間の悪夢を見てうなされる事もあった。

数日の後、復讐の機会を掴もうと燃えるスムマヌスの斥候が立ち塞がるダキアの軍勢を発見した。彼らはダキア人数人を捕え、驚くほど多彩な尋問の技巧を披露し、目的の情報を得るや不要となった捕虜に恐ろしい復讐を遂げた。伝え聞いた連中の技についてはあまり思い出したくない。食事時や子供の前では話せない類の内容だからだ。もっとも、好奇心旺盛で無邪気な子供ほどそういう話に関心があるものだが。

その晩はしばらく陣営に捕虜の悲鳴が響き渡り、そしてぷっつりと静かになった。奴らの手厚い“謝恩会”が滞りなく終わったという事だ。俺達は普段、隊長が打ち合わせで口にする敵地の情勢や戦力についての何気ない情報の断片がどの様な過程を通じ、どれほどの犠牲を払って獲得されるのかをまざまざと見せつけられた。数字一つ、文言一つに死と苦痛と尊厳が対価として贅沢に捧げられていたという訳だ。

何にせよ奴らならば、そこらに落ちている石ころを小鳥の様に囀らせたり、朗々とイーリアスを詠わせたりする事も出来るに違いない。だから、出身部族だとか、指揮官の名前だとか、手勢はどれくらいでどこを目指しているかを喋らせるなんて朝飯前なのだろう。
夜明け前にあの連中が“解放”した打って変わって“物静かな”捕虜の膝にはそれぞれ三つの大きな穴が開いていて、頭皮を剥がれた首と一緒に陣地の通用門の柵に誇らしげに突き刺さっていた。奴らは偵察の報告において数字を厳格に扱うように、貸し借りについても厳しいようだ。

報告通り、俺達の前面に展開していた戦力は紛れもなくダキアの主力であり、それは即ち戦争の行く末を左右する決戦が数日中に迫っている事を意味していた。こうして俺にとっては初めての大規模な戦闘の準備が始まった。
――つづく――次回、ローマ軍の物語、第15話”マルスの息吹”ROMA AETERNA EST!!

騎兵:馬を所有し、調教し、乗馬の訓練をするには一定の資産が必要だったため、共和政期のローマ軍騎兵は騎士階級(中世の騎士とは異なる)等の一定の資産を有する人々が担っていた。帝政期には主として優秀な騎兵を産する部族などが補助軍、同盟軍として従軍した。2世紀初頭のローマ騎兵には鐙が存在せず、騎兵達は体を安定させるための4つの角がついた鞍に跨り馬に乗っていた。いずれにせよ騎兵というのは特殊な存在で、ときに社会・経済階級を標示し、所属する部族や民族を如実に表す存在だったようだ。
   
スムマヌス:夜の雷光の神スムマヌスは実在だが、そう呼称される斥候騎兵については、ついうっかり捏造した。たぶんアラン人の傭兵とか補助軍の精鋭騎兵だろう。彼らを捕縛出来る様な騎兵と言えばダキアに騎兵を供与したサルマタイ・ロクソラニだろうか。

頭皮:アラン人は頭皮を戦利品とした。サルマタイ、スキタイ共に同様の傾向があったようだ。いとも麗しきもったいない精神……は違うか、流石に。

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2015-03-17 14:08:10 +0000