後白河法皇が、色々面倒になっちゃったという妄想の話です。
でも説明がないと分からないと思われたので、ちょっと書き足します。
○平維盛:彼が大将はった戦は全部負けているという清盛直系の孫。残念な美形だと私は思ってます。
○平宗盛:正妻の子で行けば長子なんですが、「扇の的」「海豚占い」などちょっと占いに頼りたいオトメンだと思ってます。きっと女性週刊誌の一番最後に載っている占いコーナーの愛読者。もちろんどの占いにも「凶」と出るのが、彼の宿命。
○平重衡:清盛五男。正妻の子で一ノ谷の合戦以外、常勝将軍として名を馳せていたのですが、乳母子後藤盛長に見捨てられた武将。この当時、兄弟よりも絆が深いとされてた乳母子に見捨てられるって、よっぽどの事ですよ。一体、この人、何をやらかしたんだか考えちゃいます。
○平教経:有事には頼りになる「王城一の弓取り」と言われた猛将。壇ノ浦の合戦では、身軽になる為に大鎧脱いで義経を追いかけたという話があります。決して露出狂では・・・アワワ。
○平知盛:重衡同様常勝将軍。一ノ谷前の合戦には全て勝っているという頼りになる存在。都落ち以降、平家を担っていたという話です。兄・宗盛が頼りないからとか、そんな事は言わない。
○服部家長:知盛の乳母子。壇ノ浦で、平家の最後を見届けた後、知盛と共に入水。日頃から「死ぬ時は一緒だ」みたいな約束を取り付けていたらしい。入水の時には知盛が浮かばぬように鎧二丁着せた。どんだけ用意周到なんだか・・・。
○源義経:自分の持つ弓が弱っちいのがばれないよう必死になったり、合戦時には鎧選びに余念がなかったおしゃれ武将らしい。
○武蔵坊弁慶:自己中だとか空気読めないとか取り柄は戦だけとか散々に言われている義経の最初の家人にして、最期まで付き合った辛抱強い人。
・・・私、信じてもらえないかもですが、義経好きですよ。
2013-10-20 03:01:07 +0000