昔、ミストリア東部の常夜の森には林檎の樹精の治める領地があった。
その地は小さな湖のほとりに有り、白百合に囲まれていたという。
領主の青年は林檎の実のように柔らかな色の髪、そして赤く成熟した果実のような瞳を持つ、それはそれは美しい樹精であった。
彼は両親を早くに亡くし、家族は最愛の妻だけであった。
妻は魔女であった。
元々はその魔法故に産まれた地を追われ、青年の治める領地へとやってきた他所者であった。
彼女の魔法は物を腐らせるものだった。
それは果実や植物だけでなく、人や動物、武器や館をも腐らせる魔法であった。
二人が出会い暫く経った頃、そんな彼女に青年は言った。
「君の魔法は素敵な魔法だね。
腐敗っていったって抑えて使えば若い果実を成熟させることができる。
それこそ根を優しく包み込み育む大地の様に。」
その言葉を聴き、魔女は悲しげな顔をして「そんな加減はできないわ、私はただ全てを腐らすだけ」と呟いた。
しかしそれでも青年は微笑みを浮かべて、彼女の手を取り、言葉を続けた。
「ならば僕と共に君の魔法を少し抑える方法を考えよう、共に調べよう。
君は優しい人だ、そんな優しい君ならばきっと全てを育む魔法を使える、そうすれば君はもう誰にも追われることはない。
そうすれば君はずっとこの地に居られるだろう。」
その言葉を聴いた魔女は涙を浮かべて頷いた。
―それは遥かな昔、緑の国で育まれたありふれた愛の話
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腐敗の魔女(illust/27266387)
2012-06-03 08:59:23 +0000