「おだ うらくさい」 信長の弟。 温厚な人柄で、武将には向かなかったが、信長の信頼は厚かった。 「本能寺の変」で 明智光秀 の軍から逃げ延び、「卑怯者」 「臆病者」と呼ばれてしまうが、これは織田信長の孫 「三法師」 を保護するためだった。 羽柴秀吉と徳川家康が戦った「小牧・長久手の戦い」では、家康の味方をしていた甥の 織田信雄 を説得し、秀吉との講和を結ばせることに成功する。 「利休七哲」の茶人の一で、有楽町の語源となった人物である。 また、淀殿の叔父にあたる。 「世の中、楽しく生きなくちゃ!」
2011-07-05 11:20:06 +0000