世界チャンピオン(17)

TSUYO
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「第10ラウンド」

無敗の世界チャンピオンと、十六歳の少女ボクサーのエキシビションマッチ。

その第10ラウンド。

リングの上では少女ボクサー、メイ・リンが四つん這いになって、血を滴らせながら、荒い息を吐いている。

チャンピオンはそのそばに立ち、不思議な表情で、メイ・リンを見下ろしている。

その顔つきは微笑しているようにも見えるが、口をきつく結んでいるようでもあり、なにを考えているのか分からなかった。

彼女の黒目がちな目は、その奥にある感情が理解できないような、はじめから理解を拒絶しているような、そんな怖さがあった。

レフェリー (まるで宇宙人の目だな・・・)

チャンピオンはレフェリーの視線に気づいて、こちらに目を合わせて、笑みを浮かべた。

背筋がひやりとするものを感じて、レフェリーは目をそらした。

代わりに、レフェリーは、四つん這いになっているメイ・リンの方を見た。

このラウンドで何回メイ・リンはダウンしただろう?

第9ラウンドにチャンピオンのアッパーカットを食らって倒されてから、メイ・リンは何度もダウンをしている。

レフェリーは、そのたびに試合を止めようと思う。

しかし、ダウンしたメイ・リンの顔を覗き込むと、必ず『まだやれる!』という表情をしているのだ。

それで、つい、試合を続行させてしまう。

レフェリーは過去に、『試合を止めるのが早すぎる』と、批判されたことがあった。

『勝者となった陣営に買収されているんじゃないか?』などと疑われたこともあった。

そのせいで、彼は試合を止めることには慎重になってしまう。

『もうすこし出来るのでは』と思ってしまう。

現にほら、メイ・リンは必死に立ち上がろうとしている。

その目は死んでいない・・・それどころか闘志に満ちているようだ。

レフェリーがカウントを数え始めるとすぐ、メイ・リンは中腰になり、立ち上がった。

レフェリー  「やれるな?」

レフェリーがメイ・リンの腕をつかんでファイティングポーズをとらせながら聞いた。

メイ・リンは、うなづいた。

レフェリー  「ファイッ!」

試合を再開させたレフェリーは、だが、なにも分かっていなかった。

この時すでに、メイ・リンの目はなにも映していなかった。

彼女の意識はすでに混濁していて、ただ習慣的に立ち上がっただけだったのだ。

習慣的に立ち上がり、習慣的にファイティングポーズをとり、習慣的に相手の方へ向かっていったのだ。

『闘志に満ちている』ように見えるその目は、完全に瞳孔が開いていた。

・・・レフェリーの犯した過ちは、メイ・リンのボクサー人生に致命的な影響を与えようとしていた。

(つづく)

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2024-12-31 10:25:49 +0000