ブライダルモデルの撮影ということで、指定されたチャペルに向かうと、意外な人と出会いました。江楠さんが、新郎衣装に身を包んで私を出迎えたのです。
「やあやあ早渚君、よく来てくれたねェ。早速打ち合わせをしようか」
くい、と顎でチャペル内をしゃくると、江楠さんは足早に中に入っていってしまいます。私は何が何だか分からないまま、チャペルの中へ入っていきました。すると今度は、チャペルの中庭にウェディングドレスを着たシリアちゃんがいます。ウィッグを被っているのか、ロングヘアになっていますがあれはシリアちゃんでしょう。
「江楠さん、どういう事ですか?事前に聞いていたモデルさんはどうしたんです」
「それは今から説明するよ。それより、誰かにつけられてないか気を付けておきたまえよ」
言われて、後ろを振り返ってみますが誰もいません。視線を前に戻して、江楠さんについて行くとスタッフルームの扉が見えてきました。
「ここだ、さあ入りたまえ」
中には、今日の撮影のためのスタッフたちと、驚いた事に、シリアちゃんがいました。
「えっ、シリアちゃん!?さっき中庭にいたと思ったけど」
「早渚君、この人はシリア君ではないんだ。しかしどうだい、そっくりだろう。マナさんというんだがね、私の依頼人なんだ」
そして、江楠さんは事情を説明してくれました。マナさんというこの女性が探偵事務所を訪ねてきた事。ストーカーと思われる男の気配を感じているが、警察には実害が出てないなら対応できないと言われた事。そこでせめて相手の正体を突き止めようと江楠さんに頼った事。江楠さんは、マナさんがシリアちゃんに瓜二つなのを利用して、シリアちゃんを囮にしようと思いついた事。そしてストーカーを刺激するために、弱味を握っていた雑誌社を脅しつけてブライダルモデルの役に強引に自分とシリアちゃんをねじこんだ事。
「江楠さん、あなた脅迫無しに行動できないんですか・・・」
「できない事もないがね、自分の目的を手っ取り早く達成するのなら、使える材料は何でも使う主義なんだ、私は」
相変わらず人としては最低だな、この人。いつか逆上した相手に刺されそう。
「まあともかくだ。私が新郎役をやり、マナさんに扮したシリア君が新婦役をする。チャペルの正面広場は道路からでも良く見えるから、ストーカーがついてきているなら必ず目に入るはずだ。シリア君がここに来る時はマナさんと並んで歩かせ、さらに黒髪ロングのウィッグを被らせていたからストーカーとしてはまさか同じ顔が二人いるとは思うまい」
「それで、どうするっていうんです。まさか普通に撮影するわけじゃないですよね。無難に撮影してるだけじゃ、そういう手合いは乗って来ませんよ」
「そりゃそうだねェ。だから、必要以上にシリア君といちゃいちゃして見せるとも」
シリアちゃん、すごく嫌がりそうだな。あとでフォロー入れてあげよう。
そんな感じで準備が着々と進められ、ついに撮影が始まりました。江楠さんは事前に言っていた通り、必要以上にシリアちゃんにボディタッチを繰り返したり、口説いて見せたりしています。元々江楠さんは顔立ちはいい方なので、ああして新郎衣装でいると本当にイケメンです。好き放題されているシリアちゃんは意外と平気そう・・・と思ってましたが、あれはただ心を無にしているだけだな。何も考えてない目をしてる。
しかし、ストーカーなんて本当に出てくるのでしょうか。その影もないまま、今度はチャペル内での撮影が始まりました。江楠さんがシリアちゃんの腰に腕を回して抱きよせて、唇を近づけていきます。その時でした。
「い、いい加減にしろよお前!マナちゃんから離れろ!」
チャペルの入り口に、一人の中年男が現れました。その手に持っているのは・・・ちぇ、チェーンソー!?
「おっと、せいぜいナイフかと思ってたらすごいのが出てきたな」
何余裕かましてるんだ江楠さん!あんなの、かすっただけでも大怪我だ!
「うおおおおおおーーーーーー!!!!!」
男がチェーンソーのエンジンをかけて、滅茶苦茶に振り回しながら江楠さんに突進していきます。江楠さんはそれを余裕たっぷりに見下ろすと、さっと手を伸ばして
「やりたまえ、シリア君」
一言、告げました。
私の足元にチェーンソーのブレードが転がっていました。な、何が起きたんだ・・・?
「え・・・あ・・・え・・・?」
男が手元を見下ろしています。そこには、刃の部分が無くなったチェーンソーが。そして、その男に相対しているのは、大鎌を持ったシリアちゃんでした。まさか、まさかですが、シリアちゃん、あのチェーンソーの刃を大鎌で切り飛ばしたのか?
「どうしたのかしら、もう終わりなの、このストーカー野郎」
「ま、マナちゃん・・・?」
シリアちゃんが迫力たっぷりに男に迫ります。男はチェーンソーを取り落として、尻餅をついてしまいました。
「さんざんやられて、フラストレーションが限界だったのよねー。ちょっと発散させてもらうわ」
シリアちゃんがかっと目を見開いたかと思うと、勢いよく大鎌を男の正中線に沿って振り下ろしました。刃先が男の鼻をかすめ、開いた足の間に突き刺さると、男は口から泡を吐いて気絶してしまいました。
「よぉし、もういいだろう。警察に通報だねェ」
江楠さんはスマホを取り出して電話をかけ始めました。どうやら何とかなったようです。というか、シリアちゃんがすごい。
「シリアちゃん、荒事慣れしてるんだね」
「まあ、ね。ついこの間なんか、いきなりあの探偵にハワイ沖まで連れて行かれたのよ。何かと思ったら、バカでかいサメがハワイに侵攻するのを止めるとか言い出してさ」
ええー、流石に野生の動物相手は危険すぎるだろう。話が通じないっていうのはかなり脅威だと思いますが。
「いいじゃないかねシリア君、ちゃんと愛しの先輩とハワイ観光もできたんだし。そもそも君サメとは戦ってないだろう。あの魚顔の連中だけじゃないか、やり合った相手」
いつの間にか江楠さんが電話を終えて戻ってきていました。ストーカー男も縛られています。仕事早いな。
「あんなサメと闘う方がどうかしてるでしょ。人が勝てる相手じゃないわ」
「そうだねェ、私が米軍に話をつけて動かしたが、結局追い払うまでにイージス艦3隻と戦闘ヘリ10機がやられたからねェ。大赤字だまったく」
何か私が関われないような遠い世界の話してるな、この二人。とりあえず、江楠さんには一言言っておかないと。
「江楠さん、話を戻しましょう。あのチェーンソー男、もしシリアちゃんが止められなかったらどうする気だったんです。死んでたかも知れないんですよ」
「なぁに、いざとなったらマメでも喰らわせてやるつもりだったさ」
江楠さんがぱんぱんと自分の懐を叩きます。いや、豆撒いたくらいで怯みそうな相手じゃなかったけど。
「カメラマンさん、この女の心配なんてするだけ無駄よ。堅気じゃないんだから」
「何を言うんだい、私立探偵が堅気じゃないだなんて」
何だか、深く関わると碌な事にならない気がするので、もう追求しないでおこう。ちなみに、ストーカー男の正体は、マナさんの隣の家に住む16歳年上の男性でした。幼い子供の頃のマナさんと結婚の約束をしたのを本気にしていたとか。怖いな、そういうの・・・。
2024-12-06 16:04:18 +0000