玄葉と銀杏並木の帰り道

早渚 凪
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「お兄、今日はありがとう」
「どういたしまして。良かったね、そんなに並んでなくて」
今日は玄葉と二人で町の大きな書店に出かけていました。今はその帰り道で、銀杏並木の並ぶ秋らしい風景の中を歩いています。
「良かった、かぁ。そんなに人が並んでないのは、いい事なのか悪い事なのか・・・」
「うーん・・・まあ、サイン会で来る人が少ないのは、熱心なファンが少ないって事でもあるもんね・・・」
玄葉の好きな作家さんが新刊を発売し、今日はそのサイン会でした。もう何冊か出版している人なのですが、そこまでメジャーな作家さんではないので、書店でサイン会を開いても他のお客さんの邪魔にならない規模でしか人が並んでいなかったのです。
普段ならネット通販で本を買う玄葉も「折角の機会だからサインが欲しい、でも私人見知りだから不安でお兄についてきて欲しい」となり、私と一緒に書店に足を運んだのでした。その甲斐あって、玄葉は買ったばかりの新刊にサインを書き込んでもらう事ができ、しかも並んでいる人が少なかったから「早渚玄葉さんへ」と自分の名前まで入れてもらったのでした。
「この本は手放せない・・・ふへへ」
玄葉は嬉しそうに本をウェストバッグにしまい込みました。玄葉は神経質でイライラしている事も多いから、こういう風に笑っているとこっちも口角が上がります。と、そこへ。
「はーい、では次に誘っちゃうのはこちらの彼女!ねぇ君かわいいね、俺達とお茶しようよ!」
顔立ちの整った茶髪の男が早口で喋りながら、玄葉に声を掛けてきました。その後ろには、ハンディビデオカメラを構えた連れの男が立っており、そのレンズを玄葉に向けています。
「えっ!?やっ、な、何!何ですか!?」
玄葉は突然の事に慌て、カメラのレンズを意識したのか顔を手で隠そうとします。茶髪男はそんな玄葉の両手首を握ると、同じような早口で説明を始めました。
「オレは配信者の〇〇〇〇って言うんだけどさ、今町で見かけた可愛い子をお茶に誘って、5人成功するまでのタイムアタック企画やってんだよね。他にも同じ企画やってる奴いてさ、そいつらと時間競ってんの。ちょっとお茶するだけだから協力してよ、タイムアタックだからマジでその辺の店で一緒にお茶して即解散だしさ、変な事とかしないから。ねえ頼むよ、金はオレ払うし、顔出しNGとかなら後でモザイクかけるからさぁ、あ、それともオレのチャンネル出たい感じだったりする?それならこんなチャンスもう無いよ、ほら行こう!今も時計動いてるからさ、時間無駄にしたくないんだよね!」
そのまま〇〇〇〇(よく名前が聞き取れませんでした)は玄葉の手を引っ張って連れて行こうとします。ただでさえ人見知りの玄葉は、相手の勢いにすっかり混乱しているところに体格で勝る男の力で引っ張られ、何も言えずに連れて行かれそうになっていました。玄葉が涙目で私を振り返ります。いけない、阻止しないと!
「ちょっと!」
私はその茶髪男を鋭く呼び止めました。茶髪男は面倒くさそうに私を見ると、また早口で喋り始めます。
「ごめんね彼氏さん、マジでちょっとだけだから!ちょっとの間目をつぶってて欲しいんだよね、ちょっとくらい良いっしょ別にエロい事とかしないからさ、見ての通り動画撮ってるから変な事したらオレの方が社会的に死ぬっつーかBANされっしさぁ、ね?ね!よしOK!」
何がOKだ。私は何も許可なんか出してませんが。・・・しょうがない、こんなせっかちな奴には懇切丁寧に話をしようとしても聞く耳持たないだろうし、ちょっと強引に振舞うか。
私は勢いよく玄葉の肩を掴んで抱き寄せ、茶髪男から引きはがします。それから、可能な限り厳しい顔をして・・・あ、一人称も変えた方がいいか。そして茶髪男とカメラ男に鋭い視線を向けました。
「誰がOKなんて言ったんだよ。俺の女に手出してんじゃねえぞ。見ろよ、怯えてるじゃねえか。嫌がってる女を無理矢理連れて行くとか一線越えてるよな、あ?人の女怖がらせてくれてよぉ、どう落とし前つけてくれんだ?」
私の剣幕に怯んだのか、茶髪男はさっきまでの早口が嘘のように口をぱくぱくさせるだけになりました。よ、よし。もう一押しってところかな?
「俺の女泣かせたんだ、覚悟はできてんだろうな。・・・聞いてんのかよ、おい!」
「「さっ、さーせんした!」」
私が最後に大声を出すと、茶髪男もカメラ男も泡を食って我先にと逃げ出していきました。良かった、もし動画撮影止めてから逆切れでもされたら絶対私ボコボコにされてたぞ。
「あ・・・あの・・・お兄」
腕に抱いた玄葉がおずおずと私に声を掛けてきます。怖かったからか、すっかり顔が真っ赤で涙目になってしまってます。
「大丈夫、玄葉?」
「だ・・・大丈夫じゃない・・・か、肩、肩離して・・・」
肩・・・あ、しまった!思い切り玄葉の肩をわしづかみにしてしまっている!肩が人一倍敏感で、性感帯と言ってもいい玄葉にとって、肩を触られるのは胸を触られるのとほぼ同義なのです。
「ご、ごめん玄葉!?つい勢いで掴んじゃって!」
私が肩を離して飛びのくと、玄葉は自分の肩を軽くさすり、それから目尻に浮かんだ涙をぬぐいました。お、落ち着いたかな・・・?
「玄葉」
「・・・ん、もう大丈夫。お兄、ありがと」
まだ顔は赤いですが、玄葉は何とか落ち着いたようです。その後、私は玄葉に何度も謝りながら手をつないで帰り道を辿るのでした。

それから数日後、興奮した様子の晶さんから電話が入りました。
「早渚さん、わたくしもう痺れましたわ!普段穏やかな早渚さんにあんな一面があるなんて!」
「え、ええと。晶さん、それ何の話ですか・・・?」
全く話が分からない。アマゾン体験VRの日以降、特に話した覚えはないのですが・・・。
「屋敷の者が動画サイトを見せてくれたんですの。そうしたら、なんと早渚さんが連れて行かれそうになる玄葉さんを守って敢然と立ち向かう勇ましい姿が映っているものですから、わたくしもう普段の早渚さんとのギャップに驚いてしまいました!」
「えええ!?あれネットに上がってるんですか!?」
嘘だろ、あんな風に追い払われたのにカットしなかったのかあの茶髪男!
「は~い、どうも早渚さん。お電話代わりました、桜一文字で~す。あの迷惑な企画、複数の配信者でやってるんですけどね。そのルールの一つに、時間の証拠として動画はワンカットとするってのがあるんですね。これモザイクや字幕は入れてもいいけどカット割りはNGって事なんで、早渚さんたちが映ったシーンもカットなしなんですよ。まあ、早渚さんの剣幕にびびったんでしょうね、早渚さんと玄葉さんの顔にはモザイク入れてありましたけど、声と服装で丸わかりでしたよ」
うわあ、最悪だ。不幸中の幸いはモザイク処理してくれてた事くらいか。まあ、桜一文字さんの言う通り、もし私たちの顔をネットに上げたりしたら報復されると思ってそうしたのでしょうね。
「ちなみに~、お嬢様がこの動画をいたく気に入ってましてね。宿城事件で協力してくれた早渚さんの知り合いには大体動画のURL教えたそうですよ?」
「うわああ!?恥ずかしすぎる!」
・・・その後、私の知り合いから来た連絡の内容についてはコメントを差し控えさせていただきます。

AI-Generated #銀杏並木#green hair#茶色目#blushing

2024-11-24 15:53:59 +0000