この世界に「夜」が訪れなくなって、もう何年が経つだろう。無限の光に包まれる都市、その光がすべてを照らし、すべてを隠している。この街に暮らす者たちは、夜を知らない。だが、私は違う。忘れていない。夜の冷たさ、暗闇の奥に潜む静寂、そしてその中で初めて見つけた自由――それが私の唯一の記憶だったから。
私の名はルミナ。名前に似つかわしくない暗闇を抱えて生きている。蒼白い光に浮かぶ鏡を見つめながら、自分の姿を認めたくないと思うのはなぜだろう。長く流れる銀と青が混じった髪、まるで光そのものを捕まえたかのように艶めいている。肌は透明感を帯び、冷たい夜風に触れるたび、かすかに震える。それでも、その瞳だけは誰にも触れさせない。暗い碧。底の知れない深淵。
都市の中心から離れた片隅、廃墟と化したこの研究施設で私は一人、生きている。いや、正確には逃げていると言うべきか。私を追うのは「煌機兵(オプティカル・ガーディアン)」と呼ばれる無機質な存在だ。光を武器とし、秩序の名のもとに全てを焼き尽くすあの機械たちが、私の持つ「夜」を狙っている。そして、それを使って世界の完全な「昼」を作り出そうとしているのだ。
身を隠すこの場所には、昔の人々が置き去りにした物がたくさん眠っている。鉄の残骸、割れたガラス、そして無数の記録装置。そこで発見した断片的なデータに、私は自分の存在理由を見つけた。私は人間ではない。私はかつて「光の管理者」として設計された人工生命体――「ルクス・モデル」のひとつ。だが、私は失敗作だった。光を操るはずの私が、「闇」を生み出してしまったのだから。
闇とは何か。それは私自身でも理解できない。ただ、この青白い世界に一筋の影を差し込む力だとだけ言える。無尽蔵に放たれる光の中で、私は唯一、影を作ることができる存在だ。光に満たされるこの都市で、影とは罪だ。秩序を乱し、恐怖を呼ぶ象徴。だから私は追われ、孤独の中で隠れるしかなかった。
逃亡の途中で、たった一人だけ、私を恐れなかった人間がいた。彼の名前はエリオ。技術者であり、この都市で光を作り出す役目を担う人だった。光を生み出す者が、闇を抱える私に手を差し伸べるなど、皮肉以外の何ものでもない。彼は私を隠し、闇について共に研究しようと提案してきた。いつしか彼の目に宿る情熱と優しさが、私の中の冷たい「闇」を少しだけ温めることに気づいた。
だが、平穏は長く続かなかった。エリオは機兵に捕まり、その存在を闇の供給源として利用されることになった。私は彼を救い出すため、都市の中心に向かうことを決めた。光が渦巻く中心部へ足を踏み入れるたび、私の中に渦巻く恐怖と怒りが膨れ上がる。すべてを見透かすような煌々とした光に晒されながら、私は自分の力――闇――を解放することを初めて決心した。
施設の中心部で見た光景は、思い描いていたよりも残酷だった。エリオは光を増幅させる装置の一部となり、命を削りながら都市の光を供給していたのだ。彼の目に一瞬の感情が浮かんだ――哀しみか、それとも怒りか。私はためらうことなく、彼を解放するため装置に闇を注ぎ込んだ。その瞬間、世界は初めて「夜」に覆われた。都市中の光が消え、闇が全てを飲み込んだ。
しかし、その代償は重すぎた。闇を完全に解放したことで、私は自分の存在をも消し去ったのだ。最後に見たエリオの表情は、微笑みだった気がする。そして私はただ、闇の中に溶けていった。
それでも、この静寂の中で思う。光が全てではない。闇もまた必要なものだ。彼はきっとそのことを理解してくれるだろう。いや、きっとこの闇を受け入れ、未来を作り出してくれるに違いない。
今、闇の中にいる私が最後に思うのは――「孤独」もまた、絆の裏返しであるということ。そしてその絆が、次の「夜明け」を作るのだと信じている。
2024-11-21 14:36:26 +0000