望月くん① 夢

カッフィボン
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「エリカだ、きゃーっ!!」
「エリカ!世界で一番可愛い!」
「愛してるよ、エリカ」

何だこれは??
夢と現実の区別がつかず、フワフワとした心地よい浮遊感を感じる。
もやがかったイメージが、徐々に頭の中にくっきりと浮かび上がってくる。
パステルイエローのアイドル風ワンピースを着ている美少女がいる。街の雑踏をモデルの様に闊歩している。
これが自分?意識は内部と外部両面で接続されている感覚があり、自らを客観的に見る視点も存在する。
顔を見ると、パチっとした大きな目と小ぶりな鼻と口、頬から顎にかけてのラインはスッキリ整っており、まさに美少女というに相応しい。
艶のある長い黒髪には大きなリボンを結び、あまりの可憐さに街ゆく人は男女問わず衆目を集め、羨望の声が上がる。
女性からは憧憬と嫉妬の視線を感じ、男性からは性対象としての関心や、純粋に可愛いモノを愛でて庇護し自分の所有物としたい欲求をぶつけられている感覚がある。
それが自分にとって嬉しい、心地いい、気持ち良い、ずっとこのままでいたい。
こんなに愛してもらえるのならば、男の姿になんて戻りたくない……。
そう感じながら多幸感に包まれている最中、スーッと意識が遠のいていく。
いやだ、いやだ、ずっとこのままの自分でいたい……。
その思いも虚しく、俺は深い眠りの世界に落ちていった。

俺は望月英二。市内にある公立高校に通っている高校2年生だ。
部活動でスポーツなどに打ち込んでいるわけでもなく、勉強が出来るわけでもない。クラスの中で目立つ存在ではないけれど、普通の平凡な男子高校生だと思う。
ただ、身長が同世代の男子平均より低い167センチで、華奢な体型である事と、顔立ちが中性的な事をコンプレックスに感じている。
現在は髪型を短くし、私服も男らしくしている成果もあってから女の子に間違われる事は殆どなくなった。
しかし幼稚園〜小学生の頃は顔が母親そっくりで女の子みたいだと周囲から笑われていたのを覚えている。
硬派で男らしくありたい意識が人一倍強いのは、子供時代の思い出が影響している事は間違いないだろう。
両親は物心つく前に離婚していて母親ひとりに育てられた為、時に父親がわりをしながら育ててくれた母親には強く感謝している。
何かスポーツに打ち込んだり、不良として周囲に睨みを利かせている訳ではないが、強い男になって周囲に認められたいと常に考えている。
ある日、そんな俺の存在を揺るがす大きな出来事が起きた。小泉梨沙という一風変わった女子生徒が同じクラスに転校してきた事から始まったんだ。

5月に僕のクラスに転校してきた小泉梨沙さんは、顔立ちが整っていて、どちらかと言うと綺麗系の美人だ。身長は俺より高く170センチ以上あり、脚も長くモデルのようなスタイルだ。
しかし性格は変わり者で、最初はその美貌から男子生徒から人気があったようだけど、常に無愛想でクセの強いキャラクターだったため、男子人気はすぐに無くなったようだ。
また、どの女子生徒に対しても一切友人関係を築こうとせず、何を考えているのか分からない性格だと言われ、いつしかクラスの皆から敬遠されるようになった。
かと言って孤立する事を恐れている様子もなく、謎の多い人間であることは間違いない。
俺も彼女の性格が苦手だし、たまに何を言うでもなく顔をジロジロと見つめてくる事があった。席が隣とはいえ、あまり関わり合いたくないタイプだと思っていた。
そんな彼女が突然俺に話しかけてきたのは、転校してきてクラスメイトになってから約1ヶ月が経った6月のことだった。

「ねぇ望月くん。話がしたいんだけど、いい?」
学校の午後授業が終わって帰宅のためにひとりで教室を出た俺は、何者かに突然肩を掴まれて話しかけられた。
心底驚いた。その相手は小泉さんだったのだ。普段誰とも仲良くしていない彼女が僕に話しかけてくるなんて予想だにしておらず、勿論初めてのことだ。
彼女は人気の無い場所まで僕を連れて歩いていくと、驚きで頭が真っ白になっている俺に対し、やけに真剣な目線でこう言った。
「ずっと思っていたんだけど、あなた女装したら凄く似合うと思う。」
最初は何を言っているのか理解できなかった。女装が似合う?いきなり何を言うんだ、と思った。俺は誰かにこの不思議な光景を誰かに見られていないか、思わず周りを見渡してしまった。
「よければ、一度あなたをプロデュースさせてくれないかな?」
「何だよいきなり。女装なんて似合うわけないだろ。プロデュースって、頭おかしいんじゃないか?」
俺は咄嗟にそう言い返し、足早にその場を立ち去った。いきなり女装が似合いそうだと言われて、嬉しい男子なんてこの世にいないだろう。
体型と顔立ちにコンプレックスを持ち、男らしい男でありたいと考える僕にとっては、大きな怒りと屈辱を感じる言葉だ。
腑が煮えくり返る思いでそのまま家に帰ったが、その日は晩御飯を食べる時もシャワーを浴びる時も彼女の言葉がリフレインして、なぜかずっと頭から離れなかった。

翌日俺は少しドキドキしながら登校したが、小泉さんの様子は普段と全く変化がない。昨日いきなり俺に対して「女装が似合う」と言い放ってきた人と同じとは思えない位だ。
隣の席ということもあって彼女の仕草や行動は、ほとんど目に入ると言っていい。ふとした瞬間に普段よりも彼女の一挙手一頭足が気になっている自分に気付く。
改めて見ると、彼女はとても美人だ。切れ長の一重瞼でクールな印象があり、170センチを超えるスラッとした高身長。K-POPアイドルグループのラップ担当にいそうなタイプだ。
制服を着ていなければ、とても女子高生には見えない様なビジュアルをしている。クラスで時期外れの転校生という事や性格のせいで孤立していると考えていたが、それ以上にモデル顔負けの美しい外見が理由なのかも知れない。

その日、学校では小泉さんの事が気になりながらも、目が合わぬ様に過ごした。勘違いかも知れないが、彼女も俺と目線が合わない様に意識していた気がする。
終業後はすぐに学校を出たかったのだが、腹痛のためトイレに駆け込んで約10分、ようやく俺は学校を出た。
校門を出て少し歩いた場所にて、俺の事を待ち構えている長身の女子生徒が俺の目に映った。間違いなく小泉梨沙である。
俺を見つけると駆け寄ってきた彼女は、こう言い放った。
「昨日はいきなりごめんね。やっぱり一度だけでいいから、女の子の服を着てみてくれない?」
「いや、女装なんて無理だって。別の人に頼んでくれよ。」
僕はすぐに断った。でも彼女は食い下がる。
「別の人じゃダメなの。どうしても望月くんにしてほしいの。お願い!」
と何度も頭を下げて頼んでくる。結局根負けし、一度だけという条件付きで承諾した。

早速私の家で着替えてほしいと懇願された為、約束をサッサと満了させるべく、彼女の家にお邪魔する事になった。
通常の思考が働いていれば、この様な判断をすることはなかったと思うりが、今更後悔しても遅い。
俺はいつしか、彼女の美貌に惹き付けられてしまっていたのかも知れない。
この判断が俺の人生にとってターニングポイントとなる事を、この時は全く理解出来ていなかった。

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2024-11-20 16:25:51 +0000