『淋しい熱帯魚』(前編)

はるく先輩

新作童話『おっちゃんとラゴンナ』が悲願の大賞を取り、その受賞記念パーティーが盛大に行われていた。主役である俺は駆けつけてくれた北条朋美部長の静止も振り切ってその会場を抜け出し、あの入江へとハイヤーを急がせてる。
『おっちゃんとラゴンナ』。この本に人魚との出会いから別れまでが記してある。
”おっちゃん”とは俺、多毛偲の事。”ラゴンナ”とは俺が出会った人魚、いや怪妖人間の事だ。このへんてこな名前は最初の聞き間違いで、いくら治そうとしても受け付けず「もういいよ、それで。」と俺が根負けしてそうなった。
出会いは海の中。沖に出た俺が釣り上げたイカに喰らいついていたのがラゴンナで弾みで小舟は転覆。引き込まれた俺が海中で目撃したのは彼女と、同時に彼女を狙って現れたイタチザメとの死闘。突進してくるサメが彼女に喰いつくと思われた瞬間、俺が後に執筆の際に名付けた『副胸裂口』と『触手眼』を使って彼女がサメに一撃食らわした。辺りは血の海になってサメを捕食したかどうかは不明だ。なにせこっちも逃げ惑うのに必死でしかも足が吊って溺れかけたからな。
血の間をかきわけて彼女は俺に近づき海中で人工呼吸をしたが、吹き込まれた気体に酸素はないようで余計苦しく、頭を振ってその唇を振り払いながら俺は気を失った。目覚めると入江の砂浜に運ばれていて、彼女は両足を海中につけ岩場に腰かけ俺の釣り上げたイカをちぎりながら”人顔についてる口”に手で運んで食っていた。
それを食い終わると俺を見た。(次は俺を喰う気か?)まだ覚醒しきれてない俺は空中をフヨフヨと泳いで近づいてくる彼女に戦慄したが、何を思ってかおでこ同士をくっつけてきた。それで思い出したんだ俺は。あいつを。
かつてそうやって俺の熱を計った龍宮院紗凪というフーテン娘がいた。ふらりと現れて俺の下宿にちゃっかり居ついちまった。無垢で無邪気で無防備なほっとけない娘だった。そんな彼女の面倒を渋々見ているうちに育っちまった彼女の恋心に俺は気付かないフリをし続けた。真直ぐに心をぶつけてくる彼女が社会の手垢にまみれた俺には眩しすぎて「お前なんて御免だね。」そううそぶいた。高飛車に出るのは俺の性分だがそれがあいつを傷つけいつも不安そうだった。
あの日、あいつがいなくなって探し回り辿り着いた”占いの館”であいつの髪飾りを拾った時、保護者気取りで言動を正当化してきた自分を心底悔いた。頼りないあいつを俺がしっかり捕まえていれば(後でわかった事だが)そんな『ゲソショッケイ』の人体実験用員の狩場などに足を踏み入れさせる事はなかったんだ。『ゲソショッケイ』が解体後、もぬけの殻になったアジトに紗凪という名のデータがあると村立会長からの連絡があった。いつかふらりと帰って来るんじゃないか・・・そんな願いも砕かれちまった。
「オ・・・チャン・・・」俺はハッとした。人魚が意外な言葉を発した。紗凪は俺の事を「おっちゃん」と呼んでいた。それから彼女は俺がかけてるペンダントに目をやった。それは俺はあいつの忘れ形見の髪留めをペンダントトップにして肌身離さず身に着けてるものだ。
「お前・・・紗凪なのか?」問いかけたが彼女は口を開かず無反応だった。もしもこの人魚が紗凪の生き変わりだとしてもそれは俺にとって”絶望”でしかない。だから確証のないこの怪妖人間を「紗凪」と呼ぶのは躊躇われた。
思案で目をそらした隙にトプンという音で振り向くと彼女は海中から頭だけ出しこちらを見ていた。俺はなんとか上半身を起こし声をかける。「お前の名は・・・」自分の声が小さくて届かないと思ったから一際大きく「『ラゴン』、な!」と叫んだ。目に鮮やかな緑色の裸体は神々しく思えた。裸と厳を合わせてラゴン。
「ラゴンナ」そう発して彼女は海中に消えた。
それから幾度となくあの入江に行っては素足を海に浸けて名を呼んだ。呼び声の振動が海中に伝わるかと思ったからだ。30分も座ってタバコを吹かしているとひょっこりやって来る。それが嬉しくて、いつもラゴンナは無表情・無反応のまま俺が一方的に話してるだけだったの逢瀬を繰り返した。紗凪にしてやれず悔やんできた”優しさ”ってやつををやり直したかったからだ。
彼女は「オッチャン」としか言わない。「オッチャン」は、そう言えば俺が状況を察して何か反応するという事と理解しているようで正しい時だけ次の反応をした。対して「ラゴンナ」と呼ぶと現れるので、多分自分に”来い”と言ってる=命令していると思ってるようだ。
そんな”細やかな幸せの日々”はある日突然終焉をむかえる。どこで聞きつけるのかヒーローって奴は頼みもしないのにしゃしゃり出てくる。何も悪さをしてなくても、だ。
普通なら戦いが始まるのだろうが、俺たち二人を前に戦意を削ぐ必要などなく異例の審判がすぐ始まった。俺は会長を通じて彼らとも面識があったから『怪妖人間』周辺の事情についても説明され知っている。ラゴンナと出会った時から”いつか来るであろう日”の覚悟もしていた。
スカルジョーシャーの言った事は難解だったが要は(深海で孤独に暮らすなら、元の時空にイナす必要もあるまい)という意味だと理解した。俺は彼らのやり取りに口出しはできなかったが、ラゴンナが深海へと姿を消す前にせめても、と着けてやるのも照れ臭かったから俺のペンダントを頭に掛けてやった。助けてもらったお礼からの友情の証として。首まで下げられず外れないか心配だが、胸の口が開くなら邪魔にならずその方がいいかとも思った。紗凪然としてなんかフーテンっぽいし。
ジョーシャーは孤高のヒーローらしく高い岩の上から見下ろし、(隣に並んでるのも”画面”が締まらないしな。)ラゴンナは頭だけ出し砂浜で一人しんみり見送る俺を見ながら遠く遠くへと消えていった。
かいつまんで言えばそんな話だ。
出版社からは「大人気なんで是非とも続編を」とせっつかれているがもう完結した話。第二幕などはありえない。そう、だから二度と会う事はないはずなのに何故か今夜に限ってラゴンナが満月の入江で心細げに俺に来いと「オッチャン」と呼び続けているという夢想が頭をかすめる。
「やっぱり思い違いだったか」と入江に着いて自虐するのを確かめるためだけに、折角のパーティーを棒に振るなんて、馬鹿だよなぁ俺も。

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2024-11-20 06:35:58 +0000