私は「澪(みお)」、港町で生まれ育った女の子。ここには潮の香りが風に乗って漂い、船の帆や建物が夕日に染まる場所がある。それは私の故郷であり、私にとって世界で一番愛しい場所だ。幼い頃から、海とともに過ごす時間が何よりも好きだった。でも今、私はこの場所を離れ、都会に出て夢を追いかけるか、それともこの町で生き続けるかで揺れている。
目の前に広がる夕焼けの海。今日の空は特に美しい。オレンジ色の光が静かな水面に映り、町全体がほんのりと温かい光に包まれている。薄く張り付く冷たい空気も、この光に溶け込んで柔らかくなっているように感じる。私の手には銀色に輝く一匹の大きな魚。これは今朝からずっと狙っていた魚だ。鱗が夕日を反射して、キラキラと宝石のように輝いている。
黒いショートヘアが少し濡れていて、ほんのりと潮の匂いがする。釣りをするたびに、髪も肌も海の一部になるみたいだ。着ているのは防水性のある黒いジャケットで、普段はカジュアルな服装だけど、釣りをするときはちょっと男前な装いになる。ポケットには小さなルアーや釣り糸が詰まっていて、釣り人としての私にぴったりな装備だ。
私はこの港町を何度も眺めてきた。見慣れた船のシルエット、遠くに見える白い建物、桟橋に停まる古い漁船たち。普段は当たり前に感じていたこの光景が、今日はなぜか切なく胸に染みる。都会での生活は確かに魅力的だ。新しい世界、出会い、そして未知なる可能性。でもこの港町で過ごした時間、家族や友人、そしてこの海での思い出は、私の心に根付いている。
そんな私を見守ってくれるように、魚がきらめきを放っている。「やっと釣れたね」そう思わずつぶやく。釣りは私にとってただの趣味ではなく、この町と私をつなぐ大切な時間だ。この魚を見たら、きっと「約束」を思い出すだろう。
ふと、視線を夕日から魚に戻す。数年前、私はこの港で大切な人と誓いを交わした。彼もまたこの港町に生まれ育ち、私と同じように海を愛する人だった。「いつか、ここで一緒に一番大きな魚を釣ろう」と。あの約束があったからこそ、都会での忙しい日々の中でも、心のどこかで釣りを続け、この海を思い続けてきたのかもしれない。
「澪、まだここにいたのか?」背後から聞こえる声に振り返ると、約束の相手が立っていた。彼も釣りの道具を持ち、少し息を切らしている。きっと私がここにいることを予感して探してくれたのだろう。その姿に、少し照れくさくなるが、同時に嬉しさがこみ上げる。
「ほら、見て。この魚、すごいでしょ?」私は彼に自慢げに魚を見せる。彼は私の手元をじっと見つめ、満足そうに笑った。「澪、やるじゃないか。あの約束、ちゃんと果たしたんだな。」そう言って、彼はそっと私の頭を撫でた。その手は温かく、懐かしい匂いがした。
私たちはそのまま港の桟橋に腰を下ろし、ゆっくりと話し始めた。都会での生活、故郷での日々、そしてこれからの夢。彼は都会の刺激的な世界を知りつつも、やはりこの港町が一番落ち着くと言う。私も、都会の生活に夢を感じながら、ここに戻るたびに心が和らぐのを感じる。
「都会での生活は楽しいけど、やっぱり私はこの港町が好きなんだ」そう素直に言葉にした時、彼は黙ってうなずいた。まるで「わかっている」と言ってくれているかのようだった。
夕日は少しずつ沈み、オレンジ色から深い青へと色を変えながら夜の帳が降りてくる。この静かな時間が永遠に続けばいいのに、とさえ思う。私はこの町で、釣りを通して大切なものを見つけた。海が、町が、そしてこの時間が、私にとってかけがえのない存在だ。
約束を果たせたことで、迷いが少し晴れた気がする。都会で自分の夢を追いながらも、この港町への愛は決して失われない。いつでも帰ってこれる、そんな安心感が心の中で灯っているのだ。
「ありがとう」私は彼にそう言って、彼もまた静かにうなずいた。これからもきっと私はこの海とともに歩んでいく。
2024-11-13 11:43:03 +0000