「さぁ、こっちだ。ついてきたまえレディ」
マキちゃんが私を振り返り、手を差し伸べてくる。私はその手をとらず、少々の苛立ちをにじませたため息をついた。
「そろそろどこへ向かっているのか教えてくれてもいいんじゃないの?」
「もう少しの辛抱さ」
また誤魔化された。私は、こうなった経緯を思い返して、やはり断るべきだったかと思案する。
「やあトラさん、素敵な夜だねェ」
マキちゃんが突然、仕事終わりの私を訪ねて社長室に現れたのは木曜午後9時過ぎの事だった。マキちゃんこと江楠真姫奈というこの探偵は、私「伊吹虎緒(いぶきとらお)」の同級生だ。関西に事務所を構えているから滅多に会わないはずなんだけど・・・。
「その呼び方は止めてっていつも言ってるでしょう。あっちは『寅』次郎、私は『虎』緒。漢字が違う」
「日用雑貨品シェアナンバーワンの大企業『イブツール』のCEOともあろうお方が狭量な。君が私をマキちゃんなんて愛称で呼ぶんだからこっちも愛称で呼んでもいいだろう?」
ああ言えばこう言う女だ。口で勝てる気が全くしない。
「そもそも何で貴女がここにいるのよ。警備は何をしてたの」
「私を見るなりヘコヘコして案内してくれたよ。後で査定をプラスしておいてやるといい」
そうだった。学生時代からマキちゃんは、他人の弱味を握って逆らえないようにするのが悪魔的に上手かった。それでこんな非常識な時間に社長室まで易々と来られたって訳ね。
「で、要件だがねェ。私とデートしないかい。今日はもう上がりだろう?」
そんな訳で夜の街に連れ出され、二人連れ立って歩いている。しかもどんどん寂しい路地に入っていくから、二人の足音ばかりが浮き彫りになっていく。
「ねえマキちゃん」
「着いたよ、ここだ」
何度目かの問いかけをしようとした矢先に、マキちゃんが足を止めた。見ると、古びた看板に青い文字で『Bar Dress X』と書かれている小さな店だ。Xの文字だけが白黒で大きめに書かれて強調されている。
「バーみたいだけど、妙な店名ね」
「洒落ていると思わないかい?カタカナで『バードレスエックス』だ。つまり、鳥を失いエックスになる、という訳さ」
「ああ、SNSの・・・」
だから青文字の中でXだけ白黒で大きく書いてあるのか。
「それにXを強調しているのもいい。X、それは人を魅了するものだ」
マキちゃんはXが特に好きだ。自分の苗字と近いからだろうか。
「さあ、早速入ろう。今日は私の貸し切りなんだ」
店内に入ると、実に静かな雰囲気で私好みだった。マスターは初老の男性で、私たちを見てすっと頭を下げる。寡黙で渋い、できる老執事みたいな印象の人だった。
「お待ちしておりました、江楠様。お連れ様は伊吹様でいらっしゃいますね」
「ああ、間違いないよ。事前に伝えたボトルは取り揃えてあるかい?」
「不足なく」
「オーケイ、流石だ。さあトラさん、こちらへ」
マキちゃんに連れられて席へと向かう。早速一本目のボトルの封が切られ、高そうな赤ワインがグラスに注がれた。乾杯し、口に運ぶと芳醇な香りが広がる。これ、すごく上等なワインだ。
「マキちゃん、飲むのはいいんだけど。何で今日、いきなり私を飲みに連れ出したのよ?」
私が問いかけると、マキちゃんは実に意外そうな顔をした。
「オイオイオイオイオイ。君、今日の日付を忘れているのかい?それとも自分が一つ歳を重ねる現実を見ないようにしているのかな?」
「・・・あっ、今日って私の誕生日」
言われるまですっかり忘れていた。今日で28歳になる私は、当然地元の実家を出ていて一人暮らしだ。誰も誕生日を祝わなくなって久しい。
「ここ最近仕事でこの街の近くにいる事が多くてね、丁度トラさんの誕生日の時期だから足を運んだのさ。事前に君の秘書には連絡し、スケジュールを調整させて今夜前後を開けさせてある。実際仕事少なかっただろう」
マキちゃん、わざわざ私の誕生日を祝うためにバーを貸し切ったりいろいろ根回ししてくれたんだ・・・どうしよう、ちょっと泣きそう。
「ありがとう、マキちゃん。でも、貸し切りなんて高くついたんじゃないの?・・・って、ま、まさか」
慌ててマスターに歩み寄り、声を潜めて話をする。
「マキちゃんに脅迫されてるなら遠慮なく相談してください。私からガツンと言ってやりますよ」
「いえ、江楠様はむしろこの店の救世主です。実は先月まで法外なみかじめ料を」
「マスター、そんな野暮な話は飲みの席にふさわしくないと思うねェ。今日の所は口を噤んでいてもらえないかな」
マキちゃんが席を立たないまま口を挟んできた。相変わらず地獄耳だ。
「大変失礼いたしました」
マスターもそれきりこの話を止めてしまった。みかじめ、とか言ってたから、多分ヤクザ絡みのトラブルがあって、それをマキちゃんが解決したってところだろう。
「マキちゃんもたまには善行を積むのね。見直したわ」
「人を悪魔みたいに言うじゃないか。まあ“悪魔”なんだがねェ。ただの気まぐれだよ、雰囲気が良くてXを冠する店を荒らす愚物をケジメさせただけさ」
店名で思い出した、マスターに聞いてみよう。
「マスター、このお店の名前ってどういう意味が込められてるんです?」
「Xとは仮初の事です。ミスターXなどと言いますよね。それをドレスする、つまり身に着ける事で、普段の自分を忘れ何物でもない自分になり、お酒をただ楽しんでもらいたい。そういう願いを込めています」
なかなか素敵な考え方だと思う。マキちゃんの推理は外れみたい。
「マキちゃん、残念賞でした。全然SNS関係ないじゃん」
ドヤ顔で勝ち誇った私を、マキちゃんは呆れ顔で迎え撃ってきた。
「あんな冗談真に受けていたのかい。考えても見たまえ、あの古びた看板に令和のSNS時事ネタをもじった店名なんて書いてあるわけないだろう、予言者じゃあるまいし」
言われてみればその通りだ。頭と顔がカーッと熱くなる。お酒の所為じゃない。
「私、マキちゃんのそういうとこ本当に嫌い!」
「私はトラさんの純真なところは可愛くて好きだけどねェ」
優しげな笑みを浮かべるマキちゃん。そんな顔で好きとか言われると別の意味で顔が赤くなりそうだからやめて欲しい。誤魔化すためにも飲もう。
「トラさん、誕生日おめでとう」
「・・・もう!」
そうしてこの夜は、二人で上等なワインに舌鼓をうって楽しんだ。
※『AIピクターズ』サイト内で生成した作品です。AIピクターズ作品ページ→https://www.aipictors.com/works/494911/
2024-11-07 15:54:41 +0000