激闘!マナサスVSリッチモンド

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ヘッドオブパッシーズの海戦
( Battle of the Head of Passes)は、
南北戦争開戦から半年の1861年10月12日に、ルイジアナ州プラークミンズ郡ミシシッピ川の先端近くで起こった海戦。

「モスキート艦隊」とも呼ばれたアメリカ連合国海軍のミシシッピ川防衛艦隊が、ヘッドオブパッシーズで停泊していた北軍海軍の封鎖戦隊を襲った。
このモスキート艦隊には3隻の火船用筏が付いており、火を点けられ、装甲衝角艦CSSマナサスの後から戦闘に加わった。攻撃は10月12日早朝の月の入り後に始まり、北軍戦隊を潰走させた。北軍は算を乱してデルタの南西水路から逃げて行った。日の出後、南軍の海軍准将ジョージ・N・ホリンズはモスキート艦隊に上流に戻るよう命令を出した。両軍船舶はそれぞれ損傷を受けたが、死者は皆無だった。(wiki参考)

イラストは北軍蒸気スプール船リッチモンドと南軍装甲衝角艦マナサスが対峙しているというイメージ。 
なお、実際の戦闘は座礁、衝突、伝達の誤報などかなりグダグダだったらしい。
マナサスの衝角攻撃により、リッチモンドは左舷、船首よりすぐ後ろに掠めるように衝突し損傷した(他の艦との砲撃で2発命中弾を受けている)。
マナサスは北軍の砲撃で煙突とリッチモンドに衝角攻撃を行った際に艦首部分を損傷した。
しかし随伴していた石炭運搬船の存在によって衝角の衝撃は一部分は吸収されてしまい。十分な打撃力を与えられなかった。
しかもすれ違いざまに機関2基のうち1基が破損して推進力が低下し、マナサスは他の艦に曳船されて港に撤退した。

余談だがマナサスがジャクソン砦・セントフィリップ砦の戦いに参加した時。単艦で北軍艦隊に突入し、3隻のうち2隻に衝角や砲撃を与えて損害を与えた。
この2隻のうち1隻はかつて黒船来航で日本にやってきた蒸気船USSミシシッピであった。

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2024-10-27 02:01:44 +0000