#15定恵院 武田信虎の長女

Airtemis
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甲斐国守護・武田氏の娘で、今川義元の正室として嫁ぐ。
武田晴信(信玄)、信繁、信廉が同母の弟達になります。
今川氏真、嶺松院(武田義信室)の生母です。

信虎は花倉の乱の際には、勝利した今川義元を支援して
いて、早くから水面下では接触していたようです。
北条今川とは争ってきた為、武田家内でも今川と急に
接近するのは不満が多かった様で、反抗や粛清が起きる。

18歳同士の婚姻でした。
前年の晴信と三条の方 #14 の婚姻もあって今川家との
甲駿同盟を固める二重の婚姻となりました。

これを知ると、北条氏綱は激怒、その月のうちに行動し、
駿河国の富士川以東の通称・河東エリアに侵攻しました。
北条がこんなに早く同盟破棄するとは思わなかったのか、
義元の武田氏との婚姻同盟はその辺りを読み違えたのか。

北条氏綱は、今川家の継承権争いの時に義元と反目した
遠江の堀越氏・井伊氏、三河の戸田氏・奥平氏らと結び、
挟み撃ちにした。
義元の戦力は分断されてしまい、
武田氏と扇ヶ谷上杉氏は義元に援軍を送ったものの、
河東を占拠され北条軍を取り除く事は出来ませんでした。

武田晴信の仲介で河東地域を北条領とすることで
一旦の停戦が成立した。これにより、北条氏は今川氏との
過去からの主従関係を完全に解消して独立を果たします。
(北条早雲は今川家の守護代で河東周辺が所領でした。)

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2024-10-22 15:15:13 +0000