この試作ステルススーツを1日着て過ごして、あとで感想を教えてねっ

うーら
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「この試作ステルススーツを1日着て過ごして、あとで感想を教えてねっ」
満面の笑顔でそう言って、彼女はわたしを店から送り出した。

彼女はわたしの友人だ。錬金術士で、小さいながらも店を構えている。その彼女から、錬金術の技術を応用した冒険者向けの装備の試作品ができたから試着して着心地とかのテストをしてほしい、と頼まれて軽い気持ちで引き受けたのだけど。

――受けるんじゃなかった。
街の中を重い足取りでフラフラとしながら、わたしは後悔していた。

わたしがいま身に着けている物は、いうなれば黒いボディスーツだ。彼女いわく、試作ステルススーツ、らしい。
全身をスーツで覆うことで装着者の人としての気配――体から発せられる様々な音、匂い、熱――を封じ込め、さらに魔物由来の素材を多く使うことで装着者を隠蔽する。簡単に言うと、人としての気配を消して魔物の気配を漂わせることで魔物から感知されづらくなる――らしい。

けど、そんなことはとりあえずどうでもいい。いま重要なのはこのスーツの着心地――だ。
いや、最初の内は悪くなかった。むしろ、良い感じだった。
スーツの表面は革製だけど肌に直接触れる内側はまた別の素材が使われていて、触るとちょっとぬるっとした感触があって少し気になったけど、でもそのおかげで着るのに苦労はしなかった。たぶん、このぬるみは潤滑油的なモノなんだろうと思った。
スーツの装着を完了すると胴体から手足の指の先端に至るまでスーツが身体に密着しているのを感じた。試しに胴体を軽く捻り、手足を曲げ伸ばししてみると特に動きづらさを感じることもなく実にスムーズに動けた。

ゴーグルとマスクを装着されると視界がにわかに制限され少し息苦しさを感じた。こんなふうに顔をしっかりと覆われてしまうと閉塞感がだいぶ高まるのだけど、彼女の説明ではステルス効果を高めるためには顔部分のカバーも欠かせない、らしい。
最後にフード付きのクロークが追加され、彼女の用意した試作ステルススーツのフルセットがわたしに装着された。

姿見の前で自分のいまの姿を確認する。
わたしは元々細身な体型だけど、全身を覆う黒いスーツがわたしの身体をさらにピシッと引き締めてシャープな印象を演出している。ゴーグルとマスク、さらにフード付きのクロークによって顔も頭も隠されていて外部に露出しているのはフードの隙間からこぼれる髪の先端くらいだ。おそらく、例え知り合いでもよほど近くで確認でもしない限りわたしだとはわからないだろう。
鏡に映る黒装束の、顔も判別しない正体不明の人物が自分自身とは素直に思えない奇妙な違和感。でも、この違和感はけっして悪いものではなく、むしろ気分を高揚させた。
かっこいいと思った。自分がまるで、凄腕のシーフかニンジャにでもなったような気分で。

実はこの時、すでに予兆はあった。スーツの内側に熱が籠っているような感じやマスクが窮屈で喋りづらいこと、呼吸の不足感――けれど、わたしはどこか浮かれていて、このかっこいいスーツを着て街中を歩きまわってみたいという欲求が頭をもたげていた(新装備を入手したらお披露目したくなるでしょう?)――だから、彼女には「いまのところなんの問題もない」なんて言ってしまった。

そうして、わたしは彼女に見送られて店を後にしたのだけど。
実際、最初の内はそんなに問題でもなかった。でも――1時間ほどして日が高くなってくると、さすがにいくつかの諸問題を無視できなくなってきた。

あ、暑い――体温がスーツの内側に籠ってひたすら暑い。
夏の盛りはとうに過ぎて季節は秋。ときおり吹く風は涼しく肌を撫でる――はずなんだけど、スーツのおかげで風の涼しさなんてまったく感じない。
このスーツ、もしかして通気性が皆無なんだろうか? 密閉されたスーツの内側で逃げ場のない熱がわたしを苦しめ、外側からは太陽の光が黒いスーツ(黒!)を容赦なく熱している。内と外から蒸し焼きにされてわたしはオーバーヒート寸前だ。

スーツの内側では汗がだらだらと流れて――いない。汗はかいているのだけど、流れていかない。
ぬるというかぐちゃというか、わたしの汗とスーツ内側のぬるみが混ざり合ってぬるぐちゃしている。それに、スーツの締めつけがなんだかキツくなった気がする。密着を通り越して圧迫されているような――いや、吸着? ぬるぐちゃのスーツがわたしの全身にところかまわず吸い付いてきて、もちろん胸とかおしりとか、その――もっと敏感なトコロとかにも吸い付いてくる感じがあって――わたしの顔はきっとマスクの下で赤くなっているだろうけど、それは暑さのせいだけじゃないと思う。

本当にもう、スーツの内側部分のこれ、なんなんだろう? ラバーに似ているけど、でもたぶんラバーじゃない。これも魔物由来の素材なんだろうけど、なんかぬるっとしてぎゅううって吸い付いてくるモノ――なんだろう? ひょっとして、人呑みワームの消化管とか? はは、まさかね……

「んんぁっ……!」
そんなことを考えていたらまた、そこはいくらなんでもやめてほしいトコロに吸い付かれるような感触があって思わず変な声が出――なかった。

うまく喋れない。というか、マスクの下で口が開けない。元々このマスクは窮屈な感じがしていたけど、いつの間にかマスクの内側はわたしの口元にべったりと張り付いて口を塞いでしまっている。
それに、息ができない。いや、もちろん呼吸はできているけど息苦しい。
マスクに内蔵されたフィルターが呼気に含まれる匂いやら成分やらを取り除くことで魔物に感知されづらくなるのに一役買うらしいけど、そのフィルターが厚いのかそれとも呼吸孔がそもそも小さいのか、とにかくとても空気の通りが悪くて息苦しい。でも、マスクはわたしの顔にぴったりと隙間なく装着されていて、そしてマスクそのものには通気性はない。だから、どんなに苦しくてもわたしはフィルター越しの重い呼吸を続けるしかない。

彼女はこの試作ステルススーツを着て1日過ごしてと言ったけど――ダメだ、このままじゃどうにかなってしまう。せめて、マスクだけでも外さないと。わたしは後頭部、マスクの留め金部分を探って――

あれ? これ、どうなっているの? なんか留め金を外せないけどもしかしてロック掛かっている? え、ちょ、うそでしょう??

「んぅ……」
マスクをどうにか外そうとしばらく悪戦苦闘して――無駄だとわかってわたしはがっくりとうなだれた。

こうなったらもう、彼女の店に戻ってマスクもスーツも脱がしてもらわないと。ああ、こんなことなら浮かれてこんな遠くまで歩いてくるんじゃなかった。暑いし吸い付かれるし息できないし、それに視界もなんだかぼやけて――あれ? これって涙? 泣いてるのわたし?

ああ、ダメだ――頭がぼうっとしてうまく考えられ――やッ、そこはダメ――とにかく、帰らないと――あっ、また、吸い付い、て――! うぅ、なんなのこのスーツ――もぉ、やだぁ……

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2024-10-18 00:11:51 +0000